【連載 ばぁばみちこコラム】第十一回 こどもの事故― 擦り傷、切り傷― 広島市民病院 総合周産期母子医療センター 元センター長 林谷 道子

 擦り傷や切り傷による傷跡をなるべく目立たないようにするには最初の手当てが大切です。

 

 「子どもにはけがはつきもの」です。伝い歩きや一人歩きを始めると、あちこちにぶつかったり転んだりして、擦り傷や切り傷を作ります。赤ちゃんの周りに危険な物を置かないなど、けがの予防は大切ですが、けがを100%防ぐことは困難です。なるべく傷跡を残さないためも、子どもが擦り傷や切り傷をした時の最初の適切な処置を覚えておきましょう。

 

傷が治るメカニズム

 けがをしても子どもの体には、ある程度自分で治る力が備わっています。傷ができてしばらくすると、傷口から黄色い液体が染み出てきます。この中には傷を治す成分が含まれていて、傷は自然に治っていきます。この黄色い滲出液の中には白血球やマクロファージ(細菌や壊れた組織などを処理する細胞)などが含まれていて、傷口の細菌や汚れた物質を取り除いてくれます。それと同時にマクロファージから細胞成長因子が分泌され傷口が治っていきます。

 すなわち、けがをして傷口から染み出てくる黄色い液体には、傷がきれいに治るのに重要な成分が含まれているのです。

 

擦り傷、切り傷に対する初期の応急処置
―消毒し乾かす治療から滲出液を残した湿潤療法へ―

 以前は、けがをしたら傷口を消毒し、ガーゼ等で滲出液を拭き取って、絆創膏を貼り、乾かして”かさぶた”を作ることで治すという考え方が主流でした。しかし現在は、滲出液を残し傷口を湿ったままにする湿潤療法が主流です。

 傷の手当ての基本は「洗浄」と「止血」と「乾かさない」=湿潤療法!!

 湿潤療法は、今まで擦り傷などに行われていた処置と根本的に異なっています。手当のポイントを理解して正しく処置をすることが大切です。

 湿潤療法は傷口の痛みも少なく、傷跡も早くきれいに治りますが、間違った処置をすると化膿する可能性があるので注意が必要です。

 

ポイント1.傷を観察する

 傷口の手当の前に必ず手を洗い、傷の状態をよく観察しましょう。傷が大きい場合や、皮下の脂肪が見えているような深い傷の場合、ガラスの破片などが刺さっている場合は、無理に取ったりせず、医療機関を受診します。

 

ポイント2.傷口をしっかりと洗浄する

 傷についている砂やゴミなどは感染の原因となります。傷口の周囲の皮膚も含めて、ゆっくり念入りに洗い流すことが最も大切です。

 

ポイント3.止血する

 傷口をガーゼやなどで直接抑えます。出血が止まりにくい場合には、傷口を持ち上げて、心臓より高い位置に置くと止まりやすくなります。

 

ポイント4.傷を覆って保護する

 洗浄と止血が終わったら適切な創傷被覆材(ドレッシング)を当て、絆創膏などで固定します。透明なフィルム材や親水ポリマーを主成分とするハイドロコロイド素材のものなど様々な種類のものが創傷被覆材として市販されています。傷が広範囲で市販の創傷被覆材では覆いきれない場合は、ラップを代用し、ワセリンがあればラップの表面に塗ってから傷口を覆うことも有効です。

 顔面の擦り傷など目立つ場所の傷跡を目立たないようにきれいに治したい場合には、病院を受診し被覆材で覆ってもらったほうが良いでしょう。

 ハイドロコロイドドレッシング材は、浸出液を保護するだけでなく、外部からの細菌や水の侵入を防ぎ、皮膚からの水分を外部に逃すことができます。創傷被覆材で傷口をぴったりと覆うことで、浸出液の中にある細胞成長因子を十分に生かす事ができ、”かさぶた”ができず、なめらかな表皮をより早く再生させることができます。

 けがをして時間が経つとひりひりした痛みが生じます。これは、傷口に空気が接触することによって起こるため、空気が直接傷口に触れない湿潤療法では、痛みが軽減することが期待されます。

消毒剤は必要か?

 傷口を洗ってゴミや汚れをしっかり落とすことは大切ですが、消毒薬を使う必要はありません。消毒薬は一部の細菌を殺すことができますが、傷の治療に必要な白血球や組織に対しても毒性を持っています。傷を早く直すためにはこれらの細胞に損傷を与えないことが大切です。傷口を念入りに洗い流すことが、何より重要です。

浸潤療法を行った後は傷口が化膿していないか毎日観察することが重要!!

 ①傷口の腫れ ②傷口の痛み ③傷口が赤くなっている ④傷口の周辺が熱を持っているなどの化膿を示す症状が続くようであれば、湿潤療法を中止し、病院を受診する必要があります。

 

医療機関を受診した方がよい擦り傷、切り傷

 

  1. 傷の範囲が広い傷や、傷口が開いている傷、顔や頭の傷:縫合の必要性
  2. 深い切り傷:神経や腱、関節を傷つけていれば運動などに悪影響がでる可能性
  3. 傷口にガラスや小石、木片が深くささっている傷
  4. 圧迫止血をしても出血がなかなか止まらない傷
  5. 不衛生な場所での傷や錆びた釘などによる刺し傷:破傷風など感染症の可能性
  6. 動物に噛まれた:狂犬病の危険
  7. 打撲、ねんざ、骨折などを伴っている可能性がある傷
  8. 事故で手指や足指などが切断されてしまった場合は止血しながら救急受診が必要です。切断した先端部分は、そのままきれいなガーゼに包んで病院へ持っていきます

 

破傷風はワクチン接種で予防することができます!!!

 破傷風は、土の中に広く存在する破傷風菌という細菌でひき起こされる感染症です。

体内に侵入して、3 ~21 日の潜伏期間の後に、体内で産生された神経毒素によって痙攣が引き起こされます。 
 日本では1952年に破傷風ワクチンが導入され、さらに1968年にはジフテリア・百日咳・破傷風混合の三種ワクチンの定期予防接種が開始されました。これによって破傷風の患者・死亡者数は減少し、1991 年以降の患者数は年間30 ~50人にとどまっていますが、依然として致命率が高い(20~50%)感染症です。 成人では子どもの頃に接種したワクチンの抗体が低下していることがあり、破傷風患者の95%以上は30 才以上の成人が占めています。

 

 現在、子どもではジフテリア・百日咳・破傷風・ポリオの四種混合ワクチン血腫が行われています。Ⅰ期は生後3か月から1歳までに3回、1年後に1回の追加接種が行われます。

 Ⅱ期は、11歳~12歳でジフテリアと破傷風混合の二種ワクチン接種が行われています。予防接種をきちんと受けていれば、子どもでは破傷風を予防するのに十分な抗体が保たれています。

 

さいごに

 子どもは痛いことを経験して強くなっていきます。けがをしてしまっても「大丈夫だよ」と声をかけながら、慌てず、しっかりとした処置をしてあげましょう。子どもは親から安心という宝物を受け取ることができると思います。

 

ではまた。      By ばぁばみちこ