【連載 ばぁばみちこコラム】第十八回 赤ちゃんに問題となるお母さんの感染症 ―トキソプラズマ症― 広島市民病院 総合周産期母子医療センター 元センター長 林谷 道子

 イヌやネコなどペットと一緒の暮らしは楽しいものですね。TORCH症候群の一つであるトキソプラズマ症はネコが主な感染源です。妊娠中に初めて感染すると赤ちゃんに重篤な障害を起こす可能性があります。

トキソプラズマ症とはどんな病気?

 トキソプラズマ症は、トキソプラズマという原虫による感染症で、終宿主(有性生殖を行う宿主)はネコです。中間宿主(無性生殖で増殖する宿主)はヒトを含む哺乳類や鳥類で、人獣共通感染症(動物と人間に感染する感染症)の一つです。ヒトからヒトへの感染はなく、一度感染したヒトは終生免疫ができます。
 トキソプラズマは中間宿主の細胞内で増殖し「シスト」となります。終宿主であるネコが、シストを体内に持っているネズミや生肉などの中間宿主を食べると、トキソプラズマがネコの腸管で増殖し、「未成熟オーシスト」としてネコの便の中に排泄されます。その後、外界で未成熟オーシストは分裂し「成熟オーシスト」となり、ヒトへの感染力を持つようになります。

 

ヒトへの感染経路と臨床症状

 ヒトへの感染は、ネコの便に含まれるオーシストに直接手で触れたり、トキソプラズマに感染した鶏、牛、豚などの生肉のシストを食べたりして起こります。
 ガーデニングや生の野菜など汚染された土に触ることによって、手を介しても感染がおこります。また眼瞼結膜から感染することも知られています。

 体内に入ったトキソプラズマは小腸粘膜から侵入増殖し、寄生虫血症を生じます。
健康な人が初めて感染した場合は、発熱や倦怠感やリンパ節腫脹などの一時的な風邪症状がみられることもありますが、多くは無症状で経過します。その後、トキソプラズマは脳や筋肉内などの組織でシストとなり長く潜伏しています。エイズや免疫抑制剤の投与などによって、免疫力が低下すると、体内で再活性化し脳炎や肺炎などの症状を引き起こします。

 

 妊娠中に初めて感染すると胎盤を通過した原虫が胎児に移行し「先天性トキソプラズマ症」をおこすことがあり、死産や自然流産だけではなく、重篤な症状をもたらすことがあります。
また、産まれた直後に症状がない場合でも、網膜脈絡膜炎などの眼の病気などは思春期頃まで発症のリスクがあるとされています。

 

先天性トキソプラズマ感染症

 胎児への感染は、妊婦が妊娠中にトキソプラズマに初めて感染することによっておこります。妊娠中の初感染は0.5%以下といわれています。妊婦がトキソプラズマに感染しても、すべての胎児に先天性トキソプラズマ感染がおこるわけではなく、通常は胎盤の感染防御機能によって胎児への感染は起こりにくくなっています。

 

 胎児への感染率と重症度は妊婦が感染した時期によって異なります。胎児への感染は妊娠初期では起こりにくいのですが、感染すると死産や自然流産、脳障害などの重篤な障害が起こります。
 妊娠後期になると、胎児への感染の頻度は高くなりますが、多くは不顕性感染で、出生時には明らかな異常が認められませんが、後に痙攣や発達遅滞や網脈絡膜炎などを生じることがあります。

 

先天性トキソプラズマ症の診断と治療

 

 妊娠初期の感染症スクリーニング検査でトキソプラズマの抗体検査 (IgG抗体)は「必要に応じて行う」任意の検査になっていますが、検査を行っている医療機関も多くあります。

 

  1. 妊娠初期の抗トキソプラズマの抗体検査が陰性の場合
    妊娠中の初感染を防ぐために予防手段を守ることが大切です。

  2. 妊娠初期の抗トキソプラズマの抗体検査が陽性の場合
    妊娠中の初感染なのか、妊娠前の過去の感染なのかを推定する検査が必要で、トキソプラズマIgM抗体とIgG avidity検査が行われます。
    IgM抗体が陰性:妊娠前の過去の感染と考えられます。
    IgM抗体が陽性:IgM抗体は初感染の後、長期間陽性のままのことがあり、陽性の場合にはトキソプラズマIgG avidity検査とあわせて判断されます。IgG avidity検査は初感染から時 間がたてば高値を示すので、IgM抗体が陽性で、IgG avidityが低値であれば妊娠中の初感染 が疑われます。
<治療>

 アセチルスピラマイシンは胎盤に移行し胎児への感染を予防するため、羊水検査で胎児に感染が確定した場合には効果がありません。胎児への感染が起こっていない場合には分娩まで継続投与を行います。治療薬としては本邦では、長くアセチルスピラマアイシンが投与されていましたが、現在は2018年9月に保険適応となった「スピラマイシン」が使用されています。

 羊水検査で胎児への感染が起こっている場合には、ピリメタミン、スルファドキシンの投与が推奨されます。ピリメタミンには催奇形性や骨髄抑制作用があるため、妊娠16週以降の投与 に限られ、適宜、葉酸(ロイコポリン)の併用が勧められています。

 

 

妊娠中にトキソプラズマの初感染を予防するには=ネコの便の処理が最も大切

 

 ネコの便の中のトキソプラズマがヒトに感染力を持つまで、排泄後通常24時間以上かかります。
できるだけ早く便を処理することが大切で、できれば、ご主人など他の人にお願いするようにしましょう。ネコのトイレ容器は熱湯で消毒することが望ましいと思われます。
また、鶏肉を含むすべての肉について生ではトキソプラズマ感染の危険がありますので、ネコに生肉を与えることは避けるべきです。
 感染を予防するには、妊娠中は生肉を食べないことはもちろんですが、加熱が不十分な肉でも感染する危険性がありますので、肉は中心部までしっかり加熱してください。生ハム、ローストビーフ、レアステーキ、なども注意が必要です。また、殺菌されていない生のミルクを飲むことも避けてください。

 

 

さいごに

 トキソプラズマには次亜塩素酸やエタノールを含む多くの消毒剤が無効です。また、予防のためのワクチンもありません。妊娠を理由に飼っているネコを手放す必要はありませんが、ネコの便の取り扱いなどには十分に注意をし、産まれてくる可愛い赤ちゃんを守ってくださいね。

ではまた。  By ばぁばみちこ