【連載 ばぁばみちこコラム】第二十五回 乳幼児突然死症候群 広島市民病院 総合周産期母子医療センター 元センター長 林谷 道子

 乳幼児突然死症候群は気温が下がる冬場におこりやすい傾向があります。厚生労働省は、平成11年度から、毎年11月を「乳幼児突然死症候群の対策強化月間」と定め、乳幼児突然死症候群を予防するための注意点などについて啓発活動を行っています。

 

乳幼児突然死症候群(SIDS:Sudden Infant Death Syndrome)とは?

 乳児突然死症候群は、ミルクの飲みもよく、すくすく育っていた元気な赤ちゃん(大半は月齢2か月から6か月程度の乳児)が、ある日突然に睡眠中に亡くなってしまう病気です。窒息などの事故とは違い、なぜ赤ちゃんが亡くなるのか、その原因はわかっていません。

 

 平成29年の1歳未満の乳児の死亡原因を見てみると、乳児が亡くなる原因として最も多いのは先天奇形や染色体異常などの先天異常で、次いで第2位は出生前後の周産期の呼吸障害や心血管障害によるものが原因となっています。

 
 乳児突然死症候群は死亡原因の第3位で、1995年以降この順位はほとんど変わっていません。乳幼児突然死症候群の原因は分かっていませんが、予防対策を講じることによって、乳幼児突然死症候群で亡くなる赤ちゃんを減らせる可能性があることが分かってきました。

 

 厚生労働省は、乳幼児突然死症候群がなぜ起こるのかという原因の解明とその予防法について、専門家による研究を行い、平成24年10月に乳幼児突然死症候群診断ガイドライン(第2版)とその診断のための問診・チェックリストを作成しています。

→ 厚生労働省:乳幼児突然死症候群診断ガイドライン(第2版)

 

 わが国では、乳幼児突然死症候群によって亡くなる赤ちゃんは減少してきているものの、未だに年間100名前後の赤ちゃんが乳幼児突然死症候群によって幼い命を亡くしています。

 

乳幼児突然死症候群と診断するには?

 赤ちゃんが亡くなった原因が乳幼児突然死症候群であると診断するためには、赤ちゃんの産まれてからの病気や健康状態、寝返りの有無など亡くなった時の状況に加えて、検視だけでなく剖検によって、赤ちゃんが亡くなった原因を究明し、正確な診断を行う必要があります。乳幼児突然死症候群診断ガイドライン(第2版)の問診・チェックリストには診断や原因の分析に必要な検査項目や記入方法などが追加されています。

 

乳幼児突然死症候群の危険因子と予防

 

 乳幼児突然死症候群の原因を解明し、予防方法を確立するために多くの研究がなされていますが、はっきりした原因はまだつかめていません。

 産まれて間がない赤ちゃんは眠っている時、短時間の呼吸リズムの乱れが認められます。通常であれば、自然に回復しますが、この防御反射が未成熟な赤ちゃんでは、この状態から抜け出すことができずが、亡くなってしまうのではないかと考えられています。

 

 乳幼児突然死症候群で亡くなった赤ちゃんの調査から、赤ちゃんを取りまくたくさんの育児環境の中で、いくつかの危険因子に気を付けることによって、乳幼児突然死症候群を減少させることができることが分かってきています。これらの危険因子をあらかじめ知っておくは、これから幼い赤ちゃんを育てていくご両親にとって意味のあることではないかと思われます。

 一方で、このコラムをお読みいただいているご両親の中には、乳幼児突然死症候群で可愛いいお子さんを亡くしてしまった方もいらっしゃるかもしれません。

 危険因子は、乳幼児突然死症候群を引き起こす直接の原因ではありません。危険因子について知らなかったり、注意をしなかったからとご自分に罪悪感を持って、苦しんだりしないでください。

 乳幼児突然死症候群は完全には予防出来ない病気なのです。乳幼児突然死症候群は決してお母さんの責任ではありません。

 

 厚生労働省をはじめ、関係行政機関は乳幼児突然死症候群の発症リスクを低くするために、以下の3つのポイントについて、全国的な啓発活動を行っています。

 

  1. 1歳になるまでは、寝かせる時はあおむけに寝かせましょう
     乳幼児突然死症候群は、うつぶせ寝、あおむけ寝のどちらでもおこりますが、うつぶせ寝の方が、その発生率が高くなるということが研究からわかっています。寝かせる時には、赤ちゃんの顔が見えるあおむけに寝かせ、寝具は硬いマット、掛け布団は軽い物を使用しましょう。
     また、部屋の暖めすぎや過度の厚着にも注意しましょう。体温が上昇すると、赤ちゃんは基礎代謝量を減らして体温を下げようします。その基礎代謝の低下が呼吸機能の働きに影響し、無呼吸状態が続き、乳幼児突然死症候群につながる恐れがあると考えられています。

  2. できるだけ母乳で育てましょう
     母乳は赤ちゃんにとって多くの利点がありますが、母乳で育てられている赤ちゃんの方が乳幼児突然死症候群の発生率が低いということが研究者の調査からわかっています。もちろん人工乳が乳幼児突然死症候群を引き起こすということではありませんが、できるだけ母乳で育てましょう。

  3. たばこをやめましょう
     たばこは乳幼児突然死症候群の大きな危険因子で、危険度を4倍も高めると言われています。たばこは胎児の発育だけでなく、呼吸中枢にも悪い影響を及ぼします。妊婦自身の喫煙はもちろんのこと、妊婦や赤ちゃんのそばでの身近な人の喫煙はやめましょう。

 

 <乳幼児の突然死予防ための睡眠環境ガイドライン>

 2016年、アメリカ小児科学会(AAP)は、乳幼児突然死症候群を含めた 睡眠中の乳児の死亡を予防するための「安全な睡眠環境に関するガイドライン」を5年ぶりに改訂しました。

 今回のガイドラインでは、乳幼児突然死症候群や寝具などによる窒息事故など、1歳未満の乳児の死亡を予防するために自宅などでも実践できる14項目を示しています。

 

 

 このガイドラインでは乳児を寝かせるベビーベッドは、固いマットレスを使用し、毛布などの柔らかいものは使用すべきではないとしています。また、乳児の異変を早期に発見し処置ができるとして、親と同室にベビーベッドを置いて寝かせることを推奨しています。添い寝は危険であり、特に「4カ月未満の乳児や早産児は、同じベッドで寝てはならない」ことなどが注意事項として示されています。
 その他、寝かしつけのためのおしゃぶりの使用については、「メカニズムは不明だが、おしゃぶりは乳幼児突然死症候群の抑制に有効であることを示す報告がある」と説明しています。ただし、「おしゃぶりをいやがる乳児では、無理に使用する必要はない」としています。

 

わが子を亡くすということ

 

 生後数か月。お母さんを見て笑ったり、お語りをしたり、本当に可愛らしくなっていくわが子。ある日、突然目の前からいなくなってしまうということは想像を絶する圧倒的な苦しみです。

 説明がつかない原因で亡くなるのは、亡くなった原因がはっきり分かって亡くなる場合よりも、より、一層、罪の意識や怒りの気持ちを生み出します。「あの時、私が...しなかったら」「どうしてあんなに短い命でなくてはならなかったのか?それがなぜわが子でなければならなかったのか?」と。

 

 「赤ちゃんの死」は成人の死に比べて、赤ちゃんが生きていたと実感できるものが少なく、思い出の「記憶」としてそこに戻れるきっかけや場所、手がかりが少ないと言えます。特に、産まれた直後から病院に入院し、そのまま亡くなってしまった赤ちゃんは、未熟なほど「産まれたこと、生きていたこと」が社会に認知されにくく、周りの人にとっては赤ちゃんへ思いを母親と共有することが難しいと言えます。また、赤ちゃんを産んだお母さんは夫との悲しみのペースが違うこともあります。

 Arnoldらは「成人が亡くなる場合にはその過去を喪失するが、赤ちゃんが亡くなる場合には、その子と一緒に過ごすはずであった未来を喪失する」と述べています。過去は「生活」であり、未来はそのこと過ごすはずだった「夢」と言い換えてもいいかもしれません。

 

 赤ちゃんの死という運命に無力感を感じている家族に対して、私達周りの人は「何もできない無力感、敗北感」を感じています。でも、それだからこそ、なおそこに留まり続けることが必要でないかと思います。「ただそばにいるだけ」でも大きな支えとなります。

 

 悲しみは消えることはありませんが、癒されることはあります。それぞれのお母さんが赤ちゃんを失った思いを言葉で語ることができるようになるまでには、それぞれの母親に必要なだけの時間がかかります。そして、母親がわが子の思い出を語ることができる時が来たら、そばにいて一緒に思い出を語り、赤ちゃんの死を悼むことのできる人がそばにいることは大きな力になれると思います。I’m here with you anytime you want.(必要な時にはいつでもここにいるからね)と。

 

最後に

 亡くなった赤ちゃんは、ご両親やご家族など赤ちゃんを知っているたくさんの人達の思い出の中で生きています。人の心の深いところに受けた傷は治したり癒したりはできません。

 たくさんの涙の後は赤ちゃんの笑顔や表情を思い浮かべて下さい。赤ちゃんの笑顔や声がきっと返ってくると思います。

 

ではまた。           By ばぁばみちこ