【連載 ばぁばみちこコラム】第三十回 赤ちゃんに問題となるお母さんの感染症 ―ヒト免疫不全ウイルス―
お母さんがヒト免疫不全ウイルスに感染していると、赤ちゃんへの感染を起こす可能性があります。赤ちゃんの感染を予防し、ご両親が健康に日常生活を送るためにも、ヒト免疫不全ウイルス感染症に関する正確な情報を知っておくことが重要です。
ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus;HIV)とは?
後天性免疫不全症候群(acquired immunodeficiency syndrome, AIDS, エイズ)は1981年にアメリカで初めての患者さんが確認されました。当時は亡くなった原因は分かりませんでしたが、その後、免疫不全が原因であったことが判明し、数年後に、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)がエイズの原因であることが分かりました。ヒト免疫不全ウイルスは体の免疫機能を壊し、病気にかかりやすくするウイルスです。
近年、エイズ治療薬の開発は飛躍的に進んでおり、早期に診断され、お薬によって治療を受けることができれば、免疫力を落とすことなく、普通の生活を過ごすことが可能となってきました。
ヒト免疫不全ウイルス感染者数、エイズ患者数の年次推移
厚生労働省のエイズ動向委員会から、日本でのヒト免疫不全ウイルス感染者数、エイズ患者数が毎年報告されています。2017年のHIV 感染者の報告数は 976 人で、2008年の1,126人をピー クとして、1,000人以上の報告が続いていましたが、2006 年以降初めて 1,000件を少し下まわりました。国籍別では日本国籍の男性でのHIV感染の拡大がみられています。
厚生労働省のエイズ動向委員会から報告された2017年のエイズ患者数は 413人で、2006年以降年間 400人以上の報告が続いています。国籍別ではHIV感染と同様、日本国籍の男性の患者数が多く見られます。
HIV感染者数が最も多い日本国籍の男性を年齢別に見ると、20歳代と 30歳代での感染者の割合が高く、結婚や妊娠の可能性のある若い人たちの感染が心配されます 。
ヒト免疫不全ウイルスの感染経路は?
(1)性的接触
感染経路の大半は性的接触によるものです。2017年の新規感染者978人のうち、性的接触が原因とあったものが約88%を占めています。ヒトの粘膜は薄く、粘膜を通じてヒトからヒトへ感染がおこります。
(2)母子感染
ヒト免疫不全ウイルスに感染しているお母さんから産まれる赤ちゃんは、3つの経路(妊娠中の胎盤を通じた感染、分娩中の産道での感染、出産後の母乳からの感染)で感染が起こる可能性があります。
お母さんが感染していても、すべての赤ちゃんに感染がおこる訳ではありません。
お母さんが治療を受けておらず、経腟分娩で産み、母乳で育てた場合に赤ちゃんが感染する確率は先進国では約25%と言われています。一方、お母さんが、妊娠前から十分な治療を行い、帝王切開によって出産し、人工乳で育てた場合には、赤ちゃんへの感染率を0.5%以下に抑えることができます。
(3)血液製剤
血液製剤による感染は血友病患者での「薬害エイズ」として知られています。HIVに感染している人から献血された血液で作られた血液製剤によって感染が広がりました。
(4)注射器を用いる薬物の乱用
近年、麻薬などの薬物乱用が低年齢層で問題になってきています。薬物使用の際に注射器を使いまわすことなどによって感染が起こります。
(5)医療従事者
HIVに感染している患者さんに医療行為を行う際、医療従事者が針刺し事故(患者の血液がついた針を誤って自分に刺す)を起こすことも感染の経路となることがあります。
ヒト免疫不全ウイルスは、血液や体液を介しての接触がない限り、日常生活の中で感染する可能性は限りなくゼロに近いといえます。
ヒト免疫不全ウイルスの臨床症状、自然経過
ヒト免疫不全ウイルス感染の経過は感染初期(急性期)、無症候期、エイズ発症期の3期に分けられます。治療をしなければ、持続的に免疫システムが破壊され、ほとんどの感染者は免疫不全状態へ至ります。無症候期までに早期の診断と治療ができれば、免疫力を保つことが可能です。
(1) 感染初期(急性期)
感染の2~3週間後に血液中のウイルス量は急速にピークに達します。症状は全く無自覚なこともありますが、インフルエンザ様の症状がみられることもあります。
初期症状は数日から2ヶ月程度で自然に軽快します。この時期に早期診断され、治療が開始されるとその後の経過に非常に有利です。
(2)無症候期
感染後、ピークに達していたウイルス量は、免疫によって、6~8カ月後にある一定のレベルまで減少します(この時点をセットポイントと呼んでいます)。
その後数年~10年間ほど症状のない時期を過ぎ、エイズ期に移行します。
(3)エイズ発症期
治療が行われないと、CD4陽性リンパ球は急激に減少し、普通の免疫状態ではほとんど心配がないような病原性の弱い細菌やウイルスによる感染症や悪性腫瘍を発症します。
現在では、きちんと治療すればウイルス量を抑え込むことができ、エイズへと至ることはほとんどなくなりました。そのためにはいかに早く診断し、適切な治療をはじめることが出来るかどうか、が最もその後の予後を決めるのに重要です。
ヒト免疫不全ウイルス感染の検査と母子感染予防
(1)妊娠中の検査
2010 年度から妊婦健診にHIV スクリーニング検査が組み込まれました。スクリーニング検査はHIVに感染している可能性があるかないかをふるい分ける検査です。HIV スクリーニング検査は偽陽性が多いため確認検査が必要です。
(2)妊娠中の治療
HIV に感染しているお母さんは、赤ちゃんへの感染を予防するために、HIV 感染が判明すれば、可能なかぎり早期に治療を開始することが重要です。妊娠中CD4 数、 HIV RNA 量の検査を行いながら、全妊娠経過中、HIV RNA 量を検出感度未満に維持することが大切です。
(3)分娩方法
陣痛が始まると、お母さんの血液が胎盤を通じて赤ちゃんに触れる可能性があるため、予定帝王切開が行われています。
(4)赤ちゃんに対する対応
母子感染を予防する目的で、赤ちゃんに対する予防的な抗HIV 薬の投与はできる限り早く、出生後6 ~12 時間以内に行います。
また、ウイルスは母乳中にも含まれるため、母体の抗HIV 療法の有無やCD4 数、HIV RNA 量にかかわらず、人工乳で育てる必要があります。
(5)赤ちゃんの検査
赤ちゃんがHIVに 感染しているかどうかは、生後5回、HIV のPCR検査を行って判断します。3回目と4回目の検査が陰性であれば9割で感染していないと言えますが、最終的には生後18か月の検査で判定がされます。
さいごに
“レッドリボン”は、ヨーロッパに伝わる風習で、病気や事故で命を落とした人々への追悼の気持ちを表わすために用いられていました。
その後、このレッドリボンはアメリカでエイズが社会的な問題となった1990年頃、亡くなった人達への追悼の気持ちと、エイズで苦しむ人々への理解と支援の想いを示すシンボルとなりました。
現在、国境を越えた「国連合同エイズ計画」のシンボルマークとして世界的に採用されています。
エイズ治療薬は飛躍的に開発が進み、エイズは「不治の病」から「元気で生活できる」時代へ変わってきました。エイズに対する偏見はまだ、根強く残っているのが現実であり、エイズに対する正しい知識と理解が大切だと思っています。辛い思いをする人がありませんように。
ではまた。 By ばぁばみちこ