【連載ばぁばみちこコラム】第三十五回 赤ちゃんに問題となる妊娠合併症―妊娠高血圧症候群― 広島市民病院 総合周産期母子医療センター 元センター長 林谷 道子

 妊娠高血圧症候群は、妊娠中におこる合併症として頻度が高く、母子ともに妊娠中に危険にさらされることがあり、この病気についてよく知っておくことが必要です。

妊娠高血圧症候群とは?

 ①妊娠20週以降、分娩後12週の間に、②高血圧または高血圧に蛋白尿を伴い、③他の妊娠合併症による高血圧でない場合妊娠高血圧症候群(PIH:Pregnancy induced hypertension)と診断されます。

 日本では、以前は「妊娠中毒症」と呼ばれていましたが、妊娠中毒症の主な症状が高血圧であることから、2005年以降、アメリカ産婦人科学会の分類をもとに「妊娠高血圧症候群」という名称に変更されました。

 

 

 日本の妊産婦の死亡率は、世界的に非常に低いとされていますが、それでも年間4050人の妊産婦が亡くなっています。

 妊産婦の死亡は、妊娠・出産が原因となった直接産科的死亡と、妊娠前から発症していた病気や障害が、妊娠・出産の影響で悪化して死亡した間接産科的死亡とに分けられています。

 

 2010~2015年の5年間に亡くなられた妊産婦は231人です。

 そのうち、直接産科的死亡とされたお母さんは171人で、妊娠高血圧症候群が原因となったのは25人と報告されています。

 

妊娠高血圧症候群になりやすいリスク因子は?

 正常の妊娠では、妊娠していない時に比べて、血圧は軽度の低下がみられます。高血圧がみられる妊婦は全妊婦の10%で、このうち約70%は妊娠高血圧症候群によるもので、約30%が妊娠合併症としての本態性高血圧によるものです。

 

 妊娠高血圧症候群の原因は不明な点も多いのですが、妊娠高血圧症候群になりやすいお母さんのリスク因子として、肥満などいくつかのものが挙げられています。

 過去の妊娠や家族の中に妊娠高血圧症候群にかかった人がいる場合には注意が必要です。

 

妊娠高血圧症候群はいくつかの病型に分類 妊娠高血圧症候群は単一の病気ではない

①妊娠高血圧

 肥満や妊娠糖尿などインスリン抵抗性などの母体の要因や、交感神経系の活動が亢進することによって高血圧が起こります。

 妊娠高血圧の場合、約25%が妊娠高血圧腎症に移行しますが、妊娠高血圧腎症に移行しない限り、高血圧による症状のみで、妊娠高血圧腎症に比べて、腎機能障害や肺水腫などの合併症を起こす頻度は高くありませんが、高血圧の程度によっては、子癇や心不全などの危険があり、血圧のコントロールは重要です。

②妊娠高血圧腎症

 免疫異常や胎盤の形成がうまくいかないなどの原因によって、お母さんの全身の血管に血管内皮障害や血液の凝固能亢進が起こります。それにより、腎機能障害、肺水腫、子癇などの合併症を引き起こす危険性があります。また、赤ちゃんに発育の遅れや胎児機能不全が引き起こされます。

③加重型妊娠高血圧腎症

 妊娠前から高血圧や蛋白尿があったお母さんが、妊娠によって妊娠高血圧腎症を発症したものです。

④子癇

 脳の血管の攣縮や脳浮腫によってけいれん発作がおこります。1,000~2,000人の分娩に1人の頻度でおこり、昏睡のまま意識が回復せず、亡くなってしまう場合もあります。

 母体の救命処置と緊急帝王切開が必要になります。

 

 

発症時期と症候による妊娠高血圧症候群の分類

発症時期による分類

 発症時期は、重症度と予後に関連しています。

 妊娠の早い時期からの発症(早発型)では胎盤の形成がうまくいかないことが多く、合併症の頻度が高いため、母児ともに予後が悪く、赤ちゃんの発育の遅れを生じます。

 一方、妊娠末期での発症(遅発型)では母体因子の関与が強く、予後は比較的良いことが多いと言えます。

症候による分類

 妊娠高血圧症候群は、高血圧と蛋白尿の程度によって、重症と軽度に分類されます。この分類は、妊娠の管理と分娩時期を決めるのに重要です。

 

 

 

妊娠高血圧腎症に注意!!!

 妊娠高血圧腎症は、妊娠高血圧に比べて合併症の頻度が高く、特に気をつける必要があります。

妊娠高血圧腎症の原因は不明な点も多いのですが、免疫異常に加えて、胎盤がうまく形成されないことが原因と言われています。

胎盤の役割は?

 胎盤は、臍帯を通じて、赤ちゃんとお母さんにつながり、赤ちゃんの命を維持する役割を持っています。胎盤は妊娠7週頃からでき始め、妊娠4か月末までには形態や機能がほぼ完成します。

 その後、妊娠末期にむけ、だんだん大きくなり赤ちゃんの成長に必要な酸素や栄養物を送り続けます。

 

 

 胎盤はお母さん由来の組織と、赤ちゃん由来の組織からできています。

 胎盤の絨毛間腔といわれる隙間には、子宮動脈からのお母さんの血液で満たされており、その中に赤ちゃん由来の絨毛が根のように浸かった状態になっています。

 

 赤ちゃんの成長に必要な栄養物質や酸素は絨毛によって吸収されます。また、不要な老廃物や二酸化炭素などは絨毛から絨毛間腔に放出された後、子宮静脈によって、最終的には母体から排泄されます。

妊娠高血圧腎症の病態

 

 妊娠高血圧腎症がどうして起こるかについては、まだ、全ては分かっていません。

 現在では、免疫学的異常に加え、胎盤がうまく形成されず、脱落膜のらせん動脈から絨毛間腔への血液が減少することが一因であるとされています。そのため、妊娠の早い時期から赤ちゃんに酸素と栄養が十分いきわたらず、赤ちゃんの発育が遅れてしまいます。

 血管内皮増殖因子は、胎盤を通じてお母さんへ移行します。その結果、母体の血管内皮障害によって高血圧や蛋白尿が引き起こされます。また、血管内皮障害は血管攣縮から子癇や胎盤早期剝離、血管透過性の亢進から浮腫や胸腹水、血液濃縮、血液凝固から血小板減少や出血傾向を引き起こします。

 

妊娠高血圧腎症と言われたら

 外来では過度な塩分を避ける食事や体重制限などを行いながら経過をみます。病状が進行する場合や早期から重症の場合は入院と安静が原則ですが、根本的な治療法はありません。また、急激に血圧を下げすぎると赤ちゃんの状態が悪くなることがあり、降圧剤は慎重な使用が必要です。経過中、急激な腹痛や悪心嘔吐、頭痛、けいれんなどがみられた場合には子癇や胎盤早期剝離などを疑う必要があります。

 お母さんや赤ちゃんにとって、妊娠を続けることが危険と考えられた時には、たとえ赤ちゃんが早く生まれても妊娠を終わらせること(ターミネーション)、すなわち出産が一番の治療です。赤ちゃんが小さく産まれる可能性があり、新生児集中治療室のある病院での出産が望まれます。

 通常、出産後。お母さんの症状は急速に良くなりますが、重症のお母さんでは、出産後も高血圧や蛋白尿が持続することがあり、経過を見ていく必要があります。

 

 

さいごに

 妊娠高血圧症候群の予防については、現在のところ確立された方法はありませんし、お母さんのせいでもありません。

 妊娠高血圧症候群と診断されたら、お母さんの症状や赤ちゃんの評価を行い、適切な分娩の時期を選択することが一番大切です。そのためにも、妊婦健診をきちんと受診してくださいね。辛い思いをする人がいませんように。

 

ではまた。 Byばぁばみちこ