【連載ばぁばみちこコラム】第三十六回 赤ちゃんに問題となる妊娠合併症 ー常位胎盤早期剝離ー 広島市民病院 総合周産期母子医療センター 元センター長 林谷 道子

 赤ちゃんが産まれる前に、胎盤が子宮の壁からはがれてしまうのが常位胎盤早期剝離です。発症し手遅れになると、母子ともに危険にさらされるため、一刻も早い処置が求められます。

常位胎盤早期剝離とは?

 胎盤は妊娠中、お母さんから赤ちゃんに酸素と栄養を供給するのに不可欠なものです。お産が終わると、必要が亡くなった胎盤は子宮の壁から剥がれ、後産として体外へ排出されます。

 常位胎盤早期剥離とは、正常な位置にある(常位)胎盤が、赤ちゃんが産まれるより早い時期(早期)剥がれて(剥離)しまう病気です。

 剥離が起こると、赤ちゃんへの酸素の供給が急激に途絶えるため、赤ちゃんの状態は急速に悪くなります。程度にもよりますが、剥離の程度が重度の場合は胎内で赤ちゃんが亡くなってしまったり、後遺症として脳性麻痺が起こります。

 また、剥離によって血液の中の凝固因子が急速に消費されると、血液が固まらなくなったり、出血が大量になりショックになるとお母さんが亡くなってしまうなど、母体も危険にさらされます。

 常位胎盤早期剥離が起こると、一刻も早い緊急な対応が必要となることが多く、妊娠中の合併症のなかでも、とりわけ危険な合併症とされています。

 発生頻度は、全分娩の0.3~0.9%程度で、胎盤がどの程度剥離しているか(剝離面積)と剥離が起こってからの経過時間が予後に関係します。

 

常位胎盤早期剝離になりやすいリスク因子は?

 どうして、胎盤の早期剥離が起こるのかについては、はっきりとした原因は分かっていないため、確実な予防方法や発症を予知する方法がありません。胎盤の循環不全や胎盤血管の攣縮によって胎盤に十分な血液が行きわたらないことが誘因とされています。

 

 常位胎盤早期剥離が発症するリスク因子には、いくつかのものがあります。

 特に、前回までの妊娠で常位胎盤早期剝離が起こったことがあるお母さんの再発率は5~15%と言われており、既往がないお母さんの10倍にもなります。また、再発の場合には、前回より早い時期におきやすい傾向があります。

 一方、常位胎盤早期剥離は、リスク因子がなくても突然発症することがあり、妊娠中には誰もが注意すべき病気です。

 

常位胎盤早期剝離を疑う症状=いつもと違うお腹の張りと痛み

 常位胎盤早期剥離の予防は困難です。一刻も早い処置をするためには、お母さん自身がいつもと違う症状に気づき、早く病院を受診することが最も重要です。

 常位胎盤早期剥離を疑う症状にはいくつかのものがあります。胎盤の剥がれている部分や程度によって、自覚症状が異なります。胎盤の上の部位が剥がれた場合には、血液が胎盤と子宮壁との間にとどまり、性器出血がみられないこともあります。

 

 

 妊娠の後期になると、動きすぎたり、長い時間立っていると、おなかが張ったり腹痛が起こるのは珍しいことではありません。

 常位胎盤早期剥離の痛みは、強いとも弱いとも言えない張り(さざ波様子宮収縮)がずっと続くのが特徴です。痛みがおさまる間欠期がなく、痛みはどんどん強くなり、おなかがだんだん板のように硬くなっていきます。

 「いつもの張りと何か違う」と思ったら、「常位胎盤早期剥離かも?」と疑って、早めに病院を受診することが大切です。

 

常位胎盤早期剝離の診断

 急激な下腹部痛と子宮壁が板のように硬く(板状硬)、圧痛が著明であるなどの症状に加え、貧血が進行します。多くは超音波検査で子宮壁と胎盤の間に血液の固まりが確認されることで診断がされます。

 また、赤ちゃんの心拍数をみるモニター(胎児心拍数陣痛図)で、赤ちゃんの心拍数に悪化(遅発性一回性徐脈や持続的な徐脈)が認められます。

常位胎盤早期剥離の重症度

 常位胎盤早期剥離の重症度分類としてPage分類が知られています。軽症のものでは胎盤の剥離面積が少なく、少量の性器出血を認めるのみで、母児に及ぼす影響はわずかですが、重症例は赤ちゃんが胎内で亡くなったり、お母さんも凝固障害を起こし命にかかわる可能性が高くなります。

 

 

常位胎盤早期剝離の対応

 常位胎盤早期剥離の治療の原則は、お母さんと胎児の状況が悪化していれば、可能な限り速やかに分娩を行うことです。短時間のうちに経腟分娩が可能と判断される場合は、経腟分娩を試みることもありますが、多くの場合は緊急帝王切開術を行います。私もNICUに勤めていたころには、産科外来から、手術室へ直行して、帝王切開になったお母さんがたくさんおられました。

 

 

 産まれた赤ちゃんの予後は、帝王切開が始まってから産まれるまでの時間に関連します。帝王切開から赤ちゃんが産まれるまでの時間が10~20分未満の場合では、赤ちゃんの予後は比較的良好ですが,時間が経つほど、赤ちゃんが胎内で亡くなったり、後遺症として脳性麻痺が起こる可能性が有意に高くなります。  赤ちゃんが胎内で生存している場合はお母さんの凝固障害などの重篤な合併症はまれですが、発症から分娩まで長時間が経過している場合には、凝固障害の有無にも注意が必要です。母体に出血性ショックや凝固障害が認められる場合には、輸血や凝固障害に対する治療が必要です。また、分娩後に出血がコントロールできない場合は、母体の救命のために子宮の全摘術が必要となることもあります。

 

お母さんと赤ちゃんの予後=胎盤の剥離面積の程度(重症度)と経過時間によって左右

常位胎盤早期剥離のお母さんへのリスクと死亡率
  1. 出血性ショック
    血圧の低下、心拍数の増加、脈が弱くなる、意識障害などが起こります。

  2. 播種性血管内凝固
    胎盤から出血した血液の中に含まれている凝固因子は、お母さんの体の中で血栓を作ります。その結果、血液凝固成分が不足し、出血が止まらなくなる状態が播種性血管内凝固と言われる状態です。

  3. お母さんの死亡率
    常位胎盤早期剥離によるお母さんの死亡率は約1~2%程度と言われています。
常位胎盤早期剥離の赤ちゃんへのリスクと死亡率
  1. 胎児機能不全、胎児死亡
    赤ちゃんに十分な酸素や栄養が行き渡らなくなることによって、呼吸や循環が妨げられる状態が胎児機能不全です。胎児機能不全が進行し処置が間に合わなかった場合には、胎内で赤ちゃんが亡くなってしまいます。

  2. 赤ちゃんの死亡率
    剥離の程度、赤ちゃんの状態や治療開始までの時間などによって異なりますが、胎児の死亡率は20~80%と、母体に比べ非常に高くなっています。

 

産科医療補償制度の分析からみた脳性麻痺の原因としての常位胎盤早期剝離

 

 お産に関連して起こる重度の脳性麻痺の原因には、様々な要因が複雑に絡み合っており、一つだけの原因を特定するのが難しいことがあります。

 

 お産に関連して重度の脳性麻痺になった場合の救済制度として、2009年(平成21年)1月1日に産科医療補償制度が創設されました。

 重度の脳性麻痺の赤ちゃんとご家族の経済的負担を補償し、紛争の防止と早期解決を行うとともに、原因分析を行って、再発防止に役立つ情報を提供することにより、産科医療の質の向上を図ることを目的としています。2019年12月末の時点で、全国の全分娩機関3219施設のうち、3216(99.9%)の施設が本制度に加入しています。

 

 本制度に加入している施設で分娩し所定の要件を満たした場合、満5歳の誕生日までに申請を行うと、審査が行われ補償が受けられます。2019年12月末までに3899人の審査が行われ、2922人(約75%)が補償の対象になっています。

 

産科医療補償制度の審査・保障状況

 

 産科医療補償制度で、補償対象となり今までに原因分析が終了したのは2009~2011年の出生児1156人です。そのうち脳性麻痺の原因として、主な原因が一つであると判断された赤ちゃんは517人(約45%)でした。単一の原因のうち155人(約30%)は常位胎盤早期剝離が原因であったと報告されており、常位胎盤早期剝離は脳性麻痺の原因として大きな割合を占めています。

 

さいごに

 常位胎盤早期剥離に限らず、妊娠中に緊急受診することに、ためらいを感じる妊婦さんもいらっしゃると思います。「何もなかったら恥ずかしい」「まだ我慢できる」「次の健診まで我慢しよう」そんなためらいから取り返しのつかない結果になる場合も本当に多いのです。

 

 「いつもと違う腹痛」「異常な張り」「胎動が少ない」

 どれか1 つでもあれば、それは赤ちゃんからのSOSかもしれません。

 辛い思いをする人がいませんように。

ではまた。Byばぁばみちこ