【連載ばぁばみちこコラム】第四十回 赤ちゃんに問題となる妊娠合併症 ―お母さんの精神疾患―
妊娠分娩は、お母さんの体や心にストレスをきたし、特に初めての妊娠では10~20%のお母さんが抑うつ傾向を示すといわれています。お母さんに精神疾患がある場合には、さらにそのリスクが増加します。赤ちゃんが安心して育つためには妊娠の早い時期から環境を整えておくことが重要です。
増加傾向にある精神疾患!!!
精神疾患のために医療機関にかかっている人は、近年増加しており、厚労省のデータによれば、平成29年では400万人を超えています。特にうつ病などの気分障害や統合失調症などの精神疾患が増加傾向にあります。
統合失調症が発症するピークは25歳から35歳、パニック障害の多くが20歳から30歳代前半に発症するなど精神障害が起こりやすい年代は子どもを出産する年齢と重なっています。また、妊娠分娩のストレスをきっかけに精神疾患が発症することもあります。
精神疾患を合併している妊婦の頻度は高く対応が求められている
日本産科婦人科学会では、毎年、参加登録施設から様々な周産期に関するデータを集めています。
2010~2018年のデータによれば、妊娠中の基礎疾患のうち、精神疾患は49,496人のお母さんに認められました。これは基礎疾患の6.2%を占めており、安全に赤ちゃんを産むためにも、身体的な基礎疾患だけでなく、お母さんの精神疾患への対応は重要です。
以前、広島市民病院で検討したデータでも、2008年からの5年間の精神疾患の妊婦は163人で5年間の全妊婦5035人の3.2%、約30人に1人のお母さんに精神疾患が認められました。
精神疾患の内訳では、うつ病が56人(35%)と最も多く、ついで、パニック障害39人(24%)、統合失調症24人(15%)の順で、この3つの精神疾患で75%を占めていました。
精神科病院へ入院したことがある人は43人で、統合失調症が最も多く、次いでうつ病、パニック障害の順で、3つの精神障害で全体の75%を占めていました。
一方、自殺企図などの危険行為は46人にみられており、うつ病が12人(26%)と最も多く、次いで、パニック障害、解離性障害、統合失調症の順で、全体の約75%を占めていました。
ハイリスクの妊娠や分娩を扱う総合周産期母子医療センターでは多くの合併症をもっているお母さんを見ていますが、精神疾患をもつ「お母さんの心のケア」は、子どもを健康に育てていくためには欠かすことができません。中でもうつ病は患者数が最も多く、自殺企図などの危険行為など深刻な事態を引き起こす可能性があります。
「産後うつ」は妊産婦の自殺の危険性!!
「マタニティブルー」は「産後うつ」とは全く違う
「マタニティブルー」は、出産後のホルモンバランスの激的な変化により、産後2~3日後に抑うつや不安感などの症状が見られるものです。症状は一過性で、1~2週間後には妊娠前と同じ精神状態に戻ります。
一方、「産後うつ」は、産後2~3週目頃から徐々に症状が目立ち始め、気分が落ち込み、自信が持てない、死んでしまいたいなど心身に深刻な影響をもたらします。
産後うつの原因ははっきりわかっていませんが、高齢での出産の増加や核家族化など、身近に相談できる家族がなく、出産や育児の悩みを一人で抱えこんで孤立していくことが大きな要因と考えられています。
「産後うつ」は重症化する前に対応を!!!;母親の自殺の予防が重要
産後うつが重症化すると赤ちゃんをかわいいと思えなくなったり、育児に楽しみを見出せなくなり、自分を「母親失格だ」と責めるようになります。その結果、お母さんの自殺や子どもの虐待など、深刻な事態を引き起こします。産後うつ病の割合は10人に1人と言われています。
国立成育医療研究センターによる報告では、2015〜2016年に妊娠中から産後1年未満に自殺したお母さんは102人で、身体的な原因による死亡74 人よりも多く、妊産婦の死亡の原因の1 位が自殺であったとしています。このうち、出産後に自殺した92人は、35歳以上や初産のお母さんが多かったとしています。妊婦の自殺は胎児の死亡にもつながり、また、産後の自殺では子どもとの心中も少なくなく、児童虐待予防の点からもお母さんの自殺対策は極めて重要です。
妊産婦の自殺対策
出生後に赤ちゃんを育てることが難しく、出産前から支援が必要と考えられるお母さんは児童福祉法第6条で「特定妊婦」とされ、精神疾患を有するお母さんもそのなかに含まれています。
保健師を中心とした養育上の支援を受けることができますが、十分に有効な自殺予防対策のシステムができているとは言えない状態です。2017年の周産期委員会でも妊産褥婦の周産期メンタルヘルスの問題は、これから取り組むべき重要な課題であるとしています。
産後うつ病を含めた精神障害は、早く発見して治療を受ければ次第に改善していきます。
産後うつ病が重症になるのを予防するには早い段階での治療、十分な睡眠と休息、周りに助けを求めることです。そして何よりすべてに完璧を目指さないことが大切です。
本当につらくなったら30分やり過ごしてください。抑えられない自殺への衝動のピークは5~10分と言われています。
子どもの虐待の現状
児童相談所における児童虐待相談対応件数
平成30 年度に全国の児童相談所で対応した児童虐待相談対応件数は、159,838件で、統計を取り始めた平成2年度を1とした場合の約145倍、児童虐待防止法が施行された平成12年度では約9倍と、近年急激な増加がみられています。
虐待通告が急増した背景には2つの要因が考えられます。第一の要因は、平成12年に児童虐待防止法が施行されたことによって、周りの人たちの意識が変化したことです。また、第二の要因としては、お母さんの孤立と母子家庭の増加や貧困率の高さなど養育が難しくなっていることが挙げられます。
虐待でなくなっていく子ども達
平成16年に設置された厚労省の社会保障審議会児童部会は虐待で亡くなった子どもの検証を行っており、現在まで第16次報告が出ています。16年間で亡くなった子どもは1,379人で、4日に一人の子どもが亡くなっています。心中による虐待死はどの年齢にもみられますが、心中以外の虐待死は0歳児で最も多く、心中も合わせると、虐待で亡くなった子どもの三分の一は0歳児です。
加害者は母親が大半で、心中の90%以上、心中以外の虐待の80%が母親を含めた両親によるもので、このことはなすすべもなく虐待されているこども達にとって家庭は地獄に等しい状況であると言えます。
0歳児の赤ちゃんの虐待
虐待で亡くなった0歳児の赤ちゃんを月齢で見てみると、0か月児が最も多く、第9~16次報告で亡くなった0歳児の赤ちゃん231人の40%を占めています。
産まれたばかりの赤ちゃんは、お母さんとの間にまだ十分な絆できておらず、お母さんにとっては、望まない妊娠や経済的問題、子どもの病気などがあると赤ちゃんを自分の子どもとして十分に受け入れるのが難しい現状があります。
児童虐待の背景にあるもの
産後の母親といえば、嬉しそうにおっぱいを飲ませている幸せいっぱいの姿が思い浮かんできます。しかし現実は、産後の体力が回復していない状態で、赤ちゃんが泣けば昼夜関係なく2、3時間ごとに起きての授乳、核家族で手伝ってくれる親や知人が近くおらず、夫の協力がない状態では、心理的・物理的援助を誰からも得られず、お母さんはどんどん精神的に追い込まれてしまいます。
虐待がおこる親側の要因として望まない妊娠や夫婦関係、幼い頃の離別や虐待などの育てられた環境、また児側の要因として先天性異常や早産など、お母さんが赤ちゃんに肯定的な気持ちを持ちにくいことがあげられます。また、しかし、マイナスのカード1枚だけでは虐待は起こりません。
虐待する親をひどい親だと思いがちですが、一歩間違えれば、虐待はどの家庭にも起こりうる問題です。 子育ての大変さを家族や周りの人になかなか分かってもらえず、親自身も苦しんでおり、そのストレスを子どもに向けていることも多いのです。親を責めるだけでは虐待は亡くなりません。母親を孤立させないなど、虐待に至る親と子どもに対する周囲の暖かい支えが必要です。
児童虐待予防への取り組みと今後の課題
日本の母子保健制度ではお母さんより赤ちゃんに対するケアに重点が置かれている傾向があります。
赤ちゃんは、産まれた後1か月、4か月、1歳半などの定期的な健診がありますが、お母さんは産後1か月健診が終われば、その後のケアを行う機会はありません。
フィンランドのネウボラとは?
ネウボラと言う言葉をご存知ですか?
ネウボラ「neuvola」はフィンランド語で「neuvo」は助言やアドバイス、「la」は場所を示す言葉で、「助言の場」を意味しており、妊娠から出産、子どもが小学校入学するまでの間、同じ担当保健師の助言を継続して繰り返し受けることができる施設のことです。
ネウボラには助産師の資格を持った保健師が診察室を持っており、妊娠中の健診は、ネウボラですべて担当の助産師が行います。お産はほとんど公立病院で行われており、その情報は、お産の後はネウボラに送られます。以降は母子の健康診断や保健指導、母親の心理面のサポートなど医療や健康に関することだけでなく、子どもの子育てや家庭の問題などの悩みを相談できる場にもなっているのがネウボラです。
「日本版のネウボラ」とは?
虐待で亡くなる子どもは0歳児、特に0か月に多く、産後のメンタルケアは避けて通れないの課題となっています。国は2014年から「妊娠期から子育て期にわたるまでの切れ目ない支援」として「妊娠・出産包括支援モデル事業」を開始しました。
これはフィンランドのネウボラをモデルにした「子育て世代包括支援センター」で、2020年度までに全国の市町村への設置を目指しています。フィンランドの「ネウボラ」のように、妊娠から出産、子どもの就学前までを一貫して支援できるシステムがあれば、お母さんの自殺や子どもへの虐待などのリスクの早期発見・早期対応にもつながると思われます。
日本版のネウボラの問題点
同じ担当保健師が顔の見える関係で、継続的に支援することがこのネウボラの中核ですが、日本の包括支援センターの多くは、異動などがあり、同じ担当保健師が継続して支援する形をとることが困難です。また、体制や支援内容が自治体ごとに違いがあり、一定していません。「日本版ネウボラ」では、妊婦健診は医療施設で行うようになっており、妊婦の通う医療施設と妊婦についての情報を共有することが必要となります。また、医療施設だけでなく、地域の民間・NPOも含めた母子のサポートサービスなどと連携を行い、家族が必要な支援が受けられるようにしていく必要もあります。
広島県は、誰もが安心して、妊娠・出産・子育てができるよう、身近な場所で見守り、サポートする「ひろしま版ネウボラ」のモデル事業を平成29年度から、尾道市、福山市、三次市、海田町、府中町、北広島超の6市町村で開始しました。今後、県内全域に広げていくことを目指しています。
ネウボラの最終の目的は母親を孤立させない、母親だけを頑張らせないようにすることで、それが虐待防止への近道です、そのためには、辛い時に辛いと言える同じ支援者がそばいること、対応がまちまちでなく統一されたものであることが欠かせません。ぜひ、ご両親の希望に沿った形になることを願っています。
さいごに
現在、新型コロナウイルスの影響で、これまでとは違った生活を強いられ、気軽に外出したり、人と会ったりできない状況が続いています。そんな中で自殺する人が増えているとの報道があります。
「自分は大丈夫」と思っている人でも、何かのきっかけでうつ状態になる可能性があります。小さな悩みごとでもひとりで抱え込まないで。
こんな状況だからこそ、ひとりで頑張らず、誰かの助けを借りましょう。
「あなたはもう十分頑張っている」のだから。
辛い思いをする人がいませんように。
ではまた。Byばぁばみちこ