【連載ばぁばみちこコラム】第五十回 子宮外への適応 -中枢神経系疾患-
赤ちゃんの脳障害の程度は、いつの時期に、何が原因でどの部位に障害を受けたのかによって異なります。胎内での脳の解剖学的、生理学的発達やどのように障害が起こるかを知っておくことは、赤ちゃんの脳障害をより理解しやすくなります。
神経系細胞とはどのようなものなのでしょうか?
神経系の細胞は、情報のもとを作り情報を伝える「神経細胞(ニューロン)」とそれを支える「グリア細胞(神経膠細胞)」の2つからできています。
神経細胞
神経細胞は核をもつ神経細胞体とそこから細長く伸び、神経細胞に刺激を受けとる樹状突起、神経細胞から次の神経細胞に刺激を伝える軸索(神経突起)と軸索終末(神経終末)でできています。神経終末では次の神経細胞とシナプスによって結合し、情報を次々に伝えていきます。
グリア細胞
グリア細胞には星の様な形で多くの突起を持ち、神経細胞に栄養素などを送っている星状グリア細胞(アストロサイト)、神経細胞の軸索を取り囲んで髄鞘を作っている乏突起グリア細胞(オリゴデンドロサイト)、異物や神経細胞の死骸の処理をしているミクログリア細胞の3種類があります。
中枢神経系=灰白質と白質の2つからでできている
中枢神経系は「脳」と「脊髄」を指し、脳は大脳、間脳、脳幹、小脳に分けられています。大脳は脳全体の85%を占め、私たちの運動、思考や感情などを司っています。
大脳表面にはしわがあり、溝を「脳溝」、盛り上がりを「脳回」と呼んでいます。
灰白質と白質
大脳の表面を覆っている「大脳皮質」と言われる部分は、「灰白質」と言われ、神経細胞の細胞体が存在している部分です。
その奥の深部を構成する部分が「白質」と言われる部分で、この部分には神経細胞体はなく、神経細胞から伸び、情報の連絡路である軸索からできています。
神経細胞体の集まり方は、中枢神経系によって異なり、それにより灰白質の形も様々です。大脳や小脳では灰白質はその表面を薄く覆い、層構造をなして並んでいますが、間脳や脳幹、脊髄などでは、表面には灰白質はなく、内部に、神経細胞体が集まって灰白質のかたまりをつくっており、神経核と呼ばれています。
皮質脊髄路=体を動かすための神経細胞から伸びた軸索の通り道
皮質脊髄路は私たちが「随意運動」を行うために筋肉へ指令を出す時の情報の通り道で、錐体路とも呼ばれています。
脳の皮質にある「一次運動野」という部分から指令が出ます。その後、脳の中の方線冠→内包後脚→中脳大脳脚→橋腹側→延髄錐体で交叉→脊髄側索→脊髄前角細胞(α運動神経)を通って、筋肉に達します。内包など錐体路や感覚路などを構成している神経繊維がたくさん集まっている通り道に障害が起こると、小さな障害でも重大な神経症状が生じることがあります。
大脳皮質のうち、前頭葉の最も後ろにある大脳皮質の部分には運動機能を司る神経細胞体が、また頭頂葉の最も前にある大脳皮質には感覚機能を司る神経細胞体が集まっています。これらの部位はそれぞれ運動野、感覚野とよばれており、全身の運動や感覚を司る神経細胞体が、身体の部位ごとに細かく配置されています。この配置はカナダの脳神経外科医のペンフィールドによって見つけられたもので、身体部位の機能局在図(ペンフィールドマップ)と呼ばれています。
胎内で中枢神経系はどのように作られ、神経細胞は発達していくのでしょうか?
ヒトの中枢神経系は受精卵が子宮内に着床するのと同じくらいのごく早い頃に形でき始めます。受精後3週目には、胎児の背中に中枢神経系のもとになる神経板から神経管という脊髄神経の通り道が作られます。受精後5週には3つの一次脳胞(前脳、中脳、菱脳)のふくらみができ、その後、大脳(終脳)、脳幹(間脳、中脳、橋、延髄)、小脳に分かれます。
受精後10週頃には、手足の先まで伸びた脊髄の神経細胞が赤ちゃんの筋肉と結合し、お母さんの子宮内で活発に動き回ることができるようになります。
受精後13週頃には脳幹の神経細胞はほぼ完成し、大脳の神経細胞の分化は受精後17週頃にはピークとなり、140億個程度の神経細胞が大脳皮質を形成します。この神経細胞は、その後細胞分裂によって数が増えることはなく、私たちは、ほぼ同じ細胞を一生使い続けることになります。
脳の神経細胞は5歳くらいまで急速に大きく成長します。神経細胞が大きくなるとともに、樹状突起が遠くまで枝を伸ばし、神経回路の網が発達します。
脳は1歳までに大人の約70%、3歳までに大人の約90%まで成長し、その後20歳ごろまで脳の重さは増加していきます。
新生児期に見られる主な神経系疾患
広島市民病院NICUで検討したデータでは、2005年~2014年の10年間に神経系の疾患で入院した赤ちゃんは256名で、総入院数4,312人の約6%を占めていました。
そのうち、最も多かったのは新生児仮死に伴う低酸素性虚血性脳症180人で、約70%を占めており、次いで先天的に脳に異常を持った赤ちゃんで30人(約12%)でした。
低酸素性虚血性脳症(新生児仮死による中枢神経障害)
出生時の酸素不足によって全身の臓器の機能障害を引き起こすのが新生児仮死です(第43回コラムをご参照ください)。特に脳性麻痺などの後遺症として脳の障害が問題になります。
低酸素によって脳にどの程度の障害が残るかは、障害が起こった時の赤ちゃんの脳の成熟度と低酸素や虚血の重症度・持続時間により異なります。
低出生体重児では脳室周囲で、成熟児では神経細胞に栄養を送っているグリア細胞の代謝が皮質下で活発であり、これらの部分が障害を受けやすく、また、未熟なほど脳の血液の流れを調節することが難しく、虚血の影響を受けやすいと言えます。
大脳白質での血管の発達は、脳表から脳室へ向かう動脈に比べ、脳室から脳表へ向かう動脈の発達が遅く、低出生体重児では脳室周囲に血液の流れが乏しい領域が生じ、脳室周囲の白質に影響がおよびます(これを脳室周囲白質軟化症といいます)。成熟児では成熟につれて、脳のしわが深くなり、脳回が白質に深く入り込むため、脳溝の先端部の血管がまばらとなり、この部での障害が認められます。
全身の運動を司っている神経線維が多く通っている皮質脊髄路と言われる部分に異常が起これば脳性麻痺などの運動障害を生じます。新生児仮死が起こって10日前後でのMRI検査が予後を推測するために役立ちます。
成熟児の低酸素による影響は、虚血がゆっくりで、低酸素が長く持いた場合には、深部白質にはあまり影響を及ぼさず、脳血流の境界域や灰白質に障害を生じる部分仮死となります。この場合には、神経細胞の連絡路である軸索への影響は少なく、運動障害は少ないと考えられます。
一方、胎内で心停止や胎盤早期剝離など脳血流が完全に途絶して生じる完全仮死では脳幹、深部灰白質が障害を受け、皮質脊髄路が多い部位が影響を受けるため、重度の運動障害が起こります。特に、程度がひどい場合には、広範な脳細胞の壊死によって脳全体が影響を受け多嚢胞性脳軟化なり、運動障害のみでなく、脳の萎縮が進行し、精神発達の遅れ、転換など重複障害となってしまいます。
脳室周囲白質軟化症(PVL:PeriventricularLeukomalacia)
脳室周囲白質軟化症は在胎32週以下の早産児に脳障害として最も多く、脳性麻痺の大きな原因となっています。未熟児では脳の表面からの動脈の発達に比べ、脳室側の動脈の発達が悪く、脳室周囲に血液の流れが悪い部分が存在します。脳室周囲白質軟化症はこの部位に生じやすく、この部位には皮質脊髄路が含まれているため、脳性麻痺を引き起こします。
脳室周囲白質軟化症による脳性麻痺は、痙性両麻痺(下肢の麻痺が強く上肢は軽い)が最も多く、成熟児の低酸素性虚血性脳症に比べ、精神発達の遅れは軽度であることが多く、全く知的障害を認めないこともあります。
先天性の脳奇形
2005年からの10年間に広島市民病院NICUで経験した先天性の脳の異常30名の内訳を示しました。キアリ奇形Ⅱ型6人を含む脊髄髄膜瘤が11人と最も多く、次いで水頭症、クモ膜嚢胞となっています。
脊髄髄膜瘤
脊髄髄膜瘤は、種々の原因によって妊娠3~4週頃に起こります。神経管が閉鎖しないために。神経と皮膚が分離せず、神経組織が背中の体表面に露出しています。神経組織は羊水中でや変性が進行し、髄膜瘤のある脊髄レベル以下の両下肢の運動感覚障害や膀胱直腸障害などがおこります。
合併奇形は水頭症とキアリ奇形Ⅱ型(後頭蓋窩の形成不全と小脳扁桃や延髄が脊柱管内に入りこむ状態)で、水頭症の80~90%は治療を要します。
脊髄髄膜瘤は出生後、放置すれば局所感染から髄膜炎や脳炎に至る可能性が高く、緊急な閉鎖手術が必要です。また、水頭症が進行すれば髄液をお腹の中に流す脳室腹腔シャントという手術が行われます。
ビタミンB群の一つである葉酸はDNAなどの核酸を合成する重要な役割があり、妊娠初期に葉酸が不足すると、赤ちゃんに神経管閉鎖障害を起こす危険がありますので、不足しないように気を付ける必要があります(第46回コラムをご参照ください)。
水頭症
脳や脊髄を覆う髄膜という膜の中を循環しているのが脳脊髄液で、脳の中の脳室にある脈絡叢で作られています。産生された脳脊髄液は、側脳室からモンロー孔を通り第三脳室に入り中脳水道を経て第四脳室に流れ、マジャンディー孔、ルシュカ孔からクモ膜下腔を流れ、最終的に脳表面のくも膜顆粒から吸収されて静脈に入ります。産生される量と吸収される量はバランスが取れています。
水頭症は脳脊髄液の循環がうまく行かないことによって、髄液量が増加することによって周りの脳組織を圧迫し影響を及ぼす状態です
新生児では、脳の先天奇形に伴う先天性水頭症だけでなく、頭蓋内出血や髄膜炎後にみられる水頭症が重要で、進行すると頭囲が大きく大泉門が膨隆するなどの脳圧亢進症状がみられます。
治療は髄液の流れ道を作ることで、通常脳室腹腔内シャントが行われます。
脳室内出血は早産児の側脳室周囲に存在する上衣下胚芽層という未熟な血管系に、血圧や血流の変動が加わることによって発症します。多くは水頭症が進行しシャントが必要となります。
くも膜嚢胞
くも膜嚢胞は、内部に髄液様の液体を含んだ袋であり、脳室系とは交通を認めず、くも膜が存在するあらゆる部位に発生します、
新生児期には無症状のことが多く、増大傾向がない症例も多くみられます。嚢胞が増大し、これによる脳実質の圧排を認める場合には外科的処置が必要となります。
さいごに
赤ちゃんの脳は、産まれた時には大人と変わりないほど完成していますが、その機能についてはまだ分かっていないことが多く、脳の神経細胞と神経細胞を結ぶネットワークの接続の部分であるシナプスは、産まれた後も増えていくと言われています。
脳の可塑性とは、脳に損傷が及んだ場合、障害を受けた領域以外の脳の部位が損傷を受けた脳機能をカバーすることです。障害を持っている方と接していると、些細な表情やまなざしから「彼らは本当によく見ているし、分かっている。」と感じることがあります。
新しい年が良い年になるように願っています。
ではまた。Byばぁばみちこ