【連載ばぁばみちこコラム】第五十四回 赤ちゃんとの愛着形成に悩むお母さんへ(3)
乳児期にお父さんやお母さんとのふれあいを通じて愛着を育むことは、子どもの心の成長にとても大切なことですが、様々な原因で赤ちゃんとうまく関わることができず、赤ちゃんを愛することに困難さを感じて悩んでいるお母さん達がいます。
愛着形成と安全基地
「愛着」という言葉はイギリスの児童精神科医のジョン・ボウルビィによって提唱されました。「特定の養育者(赤ちゃんの場合には、ほとんどはお母さんですが)との情緒的な結びつきを愛着と呼び、愛着が生まれることにより赤ちゃんは心の安定が得ることができます。
メアリー・エインズワースはボウルビイの愛着の理論をもとに、赤ちゃんの愛着の対象となるお母さんを「安全基地」と名づけました。赤ちゃんは大きくなると、お母さんからもらった安心感を持って自分で外の世界への探索を始め、お母さんに離れたりくっついたりしながら心を発達させて行きますが、その発達の過程はそれぞれの赤ちゃんによって違いがあります。
愛着が形成されるのに大切なのは、子どもとお母さんが一緒にいる時間の長さだけではなく、その関わり方の濃さが大切で、お母さんが働いていても、お家で一緒にいる短い時間の間に子どもの愛着を求める行動を敏感に感じ取り、それに応じることが重要だと述べています。エインズワースの愛着理論の研究は、ワークライフバランスやお父さんの育児への参加など、現在のお父さんとお母さんの生き方にもつながっていると思います。
愛着形成発達の4段階
ボウルビィは乳幼児と養育者の間に愛着が築かれるまでの期間を4段階に分けています。
しっかりとした愛着が形成されると、赤ちゃんはお母さんに甘えることができ、お母さんが甘えを受けいれることで、赤ちゃんは自分の思いがうまく伝わるという自信を持つことができ、コミュニケーションの力をつけることができます。
また、赤ちゃんがお母さんを安全基地とし、自分の安全を保ちながら自分の周りの探索を繰り返すことによって好奇心や積極性が育つようになります。
ボウルビィは幼い頃にお母さんなどとの間で作られた愛着は、「表象(頭の中に描くイメージ)」として記憶され、大きくなって対人関係を築く上でのひな型となると述べています。これを内的ワーキングモデルと呼んでいます。
養育者の関わり方と愛着スタイル
安全基地としてのお母さんの関わり方と子どもの愛着スタイルの関係を調べるために、エインズワースは、ストレンジ・シチュエーション法という方法を考案しました。
これは見慣れない場所で見慣れない人と出会い、お母さんから離れた後に再会するというストレスに対して、子どもがお母さんにどのような反応を示すかを観察するものです。
お母さんが安全基地として上手に機能できるためには、子どもの状況を素早く判断し、子どもが望んでいることに適切に対応できるお母さんの「敏感性」が重要であるとされています。
ストレンジ・シチュエーション法は、あくまでも1歳頃の子どもを対象としたもので、この時期に見られた子どもの特徴が大人になるまで続くとは限りませんし、子どもの愛着スタイルから親の関わり方がすべて判断できるものでもありませんが、赤ちゃんの反応から「もう少し、こう関わったらいいよ。」とお母さんの関わり方について示唆ができるかもしれません。
愛着形成がうまくできなかったらどんな問題が??
愛着がうまく形成されないと、情緒のコントロールや対人関係で問題が起こることがあります。主なものとして、愛着障害と分離不安障害があげられます。
愛着障害
他者に対して必要以上の警戒心をもつ反応性愛着障害と、初対面の人に対しても、なれなれしくうまく距離をとることができない脱抑制型愛着障害があります。どちらも5歳以前に見られます。愛着は特定の養育者との間に深い信頼関係を築くことにつながっており、愛着形成がうまく行かないと大人になっても親密な関係を継続させることが難しく、社会適応に問題をきたすおそれがあります。
分離不安障害
不安を引き起こす明らかな理由はないにもかかわらず、愛着の対象となっている人や物などから離れることに強い不安を感じ、不安を避けるための回避行動や、頭痛や腹痛、吐き気などの身体症状を示すものです。一人での行動が難しい状態が続けば社会生活に支障をきたす場合があります。
乳幼児期の早い時期にお母さんやお父さんと十分なコミュニケーションが取れず、愛着を作ることができない状態を母性剥奪と言い、成長していく段階において、他人との間に新しい愛着を作っていくのが苦手になってしまうと言われています。ボウルビィは、著書の中で「唯一の人物に自己の愛着を向ける機会がなければ『人を愛せない性格』がつくられる」と述べています。すなわち、幼い頃のお母さんとの愛着形成は、成長して人を愛する基礎となるものであると言えます。
愛着形成は妊娠中から始まっている=100人の赤ちゃんには100組の母子がいる
イギリスの小児科医ドナルドウッドウイニコットは「一人の『赤ちゃん』はいない、いるのは『赤ちゃんとお母さん』だけだ」という言葉で、お母さんと子どもの関係を一組の存在としてみる必要があると強調しています。
愛着形成はお母さんと子どもの双方にみられます。妊娠中お母さんは胎動を感じ、赤ちゃん用品を準備する中でわが子を想像し、赤ちゃんへの愛着を深めていきます。一方、赤ちゃんはお母さんの子宮の中で、お母さんやお父さんの声を聞きながら愛着を形成していきます。
家族、特に配偶者であるお父さんの祝福など、多くの促進因子によってお母さんの愛着はさらに深っていきます。
一方、望まぬ妊娠、経済的な危機などのライフイベント、夫など身近な人にからサポートを受けられないなど母親の孤立、赤ちゃんの入院期間が長引いて一緒に過ごせないなどの阻害因子があると愛着形成が難しくなります。
ことにお母さんが、幼い頃に自分のお母さんやお父さんとの間に十分な愛着形成ができなかったった場合、わが子との愛着を作るのが困難になってしまいます。これを愛着の世代間伝達と呼んでいます。
なぜ、赤ちゃんとの絆が結べないのか?=愛着形成を阻害している要因は?
お母さんと赤ちゃんの愛着形成がうまく行かない原因は、母親側、子ども側の双方にその要因があります。この中で、重要なのはお母さん自身が幼い頃に受けた養育体験で、特に離別体験や虐待などがあれば、自分の赤ちゃんへの愛着形成を難しくします。これは「心の世代間伝達」と言われています。
赤ちゃん側の要因として、赤ちゃんに生まれつきの異常があったり、小さく早く生まれた場合には、お母さんは赤ちゃんに対して肯定的な気持ちを持ちにくくなります。また、赤ちゃんが夜泣きがひどい、泣き止まないなど育てにくさを感じる場合、お母さんは疲れてしまい育児を楽しむ余裕がなくなってしまいます。
心の絆が結べない母親=心の引き出しと内的ワーキングモデル
表象は産まれてから経験し心の中にしまいこまれた写真のようなものです。心の引き出しには感情を伴ったたくさんの出来事が写真として収められています。そして、ある出来事に遭遇すると過去に経験した、その出来事に関連した表象が現れます。これが「内的ワーキングモデル」と言われるもので、2歳ころまでに母親との関係の中で出来上がります。
お母さん自身が親との間に愛着の形成がうまくできなかった場合、辛かったり苦しかったりした「ネガティブな記憶」は表徴として心の引き出しにしまい込まれ、お母さんが子どもを育てる時にお母さんは無意識のうちに自分自身が親に育てられたのと同じように子どもを育ててしまいます。すなわちお母さんの無意識の記憶が次の赤ちゃんへと引き継がれていくのです。これを世代間伝達と呼び、子どもとの絆ができず、子育てがうまく行かない大きな要因となっています。
心の絆が結べない母親=乳児像の混乱
お母さんは赤ちゃんを前にすると3種類の乳児像が浮かび上がると言われています。
- 幻想的乳児像
お母さんが親に育てられた中で五感を通じて感覚的に覚えている自分の乳幼児期の表象で、虐待されたり、トラウマが重なり癒されないままお母さんになると、混乱した幻想的乳児像を持ってしまい、赤ちゃんに虐待を起こす危険性があります。
- 空想的乳児像
人形遊び等などでの感覚的空想的赤ちゃん像で、望まない妊娠は空想的赤ちゃん像を作ります。
- 現実の的乳児像
わが子を前にした時の赤ちゃん像です。赤ちゃんに障害がある場合には、現実の乳児像に混乱が起こります。
母性が確立するために最も重要なのは、幼い頃に親から十分に愛され感覚的に覚えている温かい幻想的乳児像です。温かい幻想的乳児像を思い描くことができれば、もし障害を持った赤ちゃんが生まれて現実の乳児像に混乱があっても、周囲の温かい支えによって、やがて混乱を乗り越え受け入れていくことができるようになります。
フライバーグという児童精神科医が名づけた「赤ちゃん部屋のお化け」という言葉があります。幼い頃に自分の母親などとの間に愛着がうまく形成されていない、虐待を受けたなどの辛い過去を持ったお母さんが、赤ちゃんと二人きりになると、幼い頃の辛い過去が思い出されてしまい、自分も同じように子どもを虐待してしまうのではないかという恐怖感が生まれます。お母さんが過去のトラウマなどによって持っている悪い幻想的乳児像が「赤ちゃん部屋のお化け」なのです。
でも、でも、そんなお母さんでも、本当はわが子を可愛く思い、子どもの幸せを願う心を持っており、それは「赤ちゃん部屋の天使」と呼ばれています。これは救いだと感じます。
赤ちゃんを愛せない=赤ちゃんの安全、虐待を防ぐことが最優先
お母さんが、赤ちゃんにどのような感情を持ち、育児を行っているかよって赤ちゃんとの問題の深刻さがわかります。
最初のころは「自分の赤ちゃんと思えない」あやさない、育児の負担感から解放されると赤ちゃんへの気持ちがよくなるなど赤ちゃんに対する心理的距離がみられます。それが高じると「赤ちゃんが可愛くない」「こんな子でなかったら」など赤ちゃんへの否定的な気持ちや「子どもを産まなければ良かった」と産んだことへの後悔が生まれ、育児を人任せにして、世話を避けるようになります。さらに、「赤ちゃんなんかいなくなればいい」と赤ちゃんの存在そのものを拒絶する感情が生まれ、授乳をせずほっておいたり、いなくなったりすることもあります。
これらに怒りの感情が加わると問題は深刻で、お母さんが怒りの感情をコントロールできないと赤ちゃんに対する直接的な攻撃や虐待の可能性がうまれます。
さいごに
赤ちゃんに愛着が持てず、子育てが難しいのはお母さん自身だけが問題なのではありません。
それは意識下にあるお母さん自身の幼い頃の記憶に関係していることが多いのです。
多くのお母さんは子育ての中で、抱っこしてもあやしても泣き続けるわが子を大きな声で叱ったり、手を挙げたりした経験があるのではないでしょうか?私にも経験があります。
私たちの幼い頃の経験はいつも無意識の記憶として心の中に残っており、乳幼児期に幸せであったお母さんは赤ちゃんと一緒にいることで、幸せな思いに満たされますが、虐待などの不幸な体験を持つお母さんは、赤ちゃんと一緒にいるとどうすることもできない苛立ちや不安を覚えます。それはお母さんにとっても、一緒にいる赤ちゃんにとってもとても辛いことです。
次回のコラムでは、愛着形成に困難さを感じているお母さんとその赤ちゃんへの支援についてお話をさせてください。
ではまた。Byばぁばみちこ