【連載ばぁばみちこコラム】第五十五回 育児に悩むお母さん ー子育ての世代間連鎖ー 広島市民病院 総合周産期母子医療センター 元センター長 林谷 道子

 少子化、核家族など人との関わり合いが少なっている現在において、子どもを育てていくことがだんだん難しくなっていると感じます。特に子どもに問題がある場合には、お母さんは自分の心を外の世界に開くことが難しく孤立してしまいがちです。

お母さんの育児の困難さの要因=子育ての世代間連鎖

 「子どもを愛せない、子どもが可愛く思えない」など、子育てが難しい要因には、経済的、社会的な問題もありますが、お母さんの心に幼い頃に満たされなかった思いが隠れています。

 家庭は赤ちゃんが産まれ、子どもが育っていく場所です。一見平和に見えるどの家庭にも多かれ少なかれ様々な問題や、外の世界に対して家族だけの秘密を持っています。

 虐待、DVなどがなくても、家族の不完全な部分(機能不全な部分)は、どの家庭にも存在し、完全な家族であることの方がまれではないかと思います。

 親が親としての義務や役割を果たすことができない家族は特別なものではなく、その原因として、自分の両親から育てられた中で心に残った様々な影響があげられます。

 機能不全家族で育ち、そのために心に抱えることになった家族への不満と優しさ、幼い頃から家庭の中での果たさざるを得なかった役割との間で悩み、トラウマを抱えたまま大人になった人をアダルトチルドレンと呼び、人生のさまざまな場面で多くの生きづらさを感じています。

 妊娠や出産でのトラウマ、経済的不安、夫や結婚先の家族との関係、社会からの母性の理想化や三歳児神話などによるストレスなどが重なれば子育てはさらに困難になってしまいます。

 

世代間連鎖とその影響(負の世代間連鎖)

 子どもが健全に成長するためには「安心できる居場所」と「信頼できる家族」が必要です。「世代間連鎖」とは親から子へ、子から孫へと、家庭で受けた様々な影響が鎖のように続いていくことを表す言葉です。

 世代間連鎖は、「遺伝」ではなく、生まれた後に身に付けた「習慣」によるもので、産まれた時代の社会状況や育ってきた家庭環境の影響を受けます。

 世代間連鎖するものの中には、ポジティブな記憶もありますが、辛く苦しい記憶など、「ネガティブな記憶も受け継がれ、これを負の世代間連鎖と呼ばれています。

 負の世代間連鎖よって起きる問題としては、虐待・暴力・貧困などの社会的問題とアルコール依存症・共依存・愛着障害などの心理的問題があり、アダルトチルドレンは心理的問題をかかえたまま大人になっています。

 

機能不全家族とアダルトチルドレン=幼い頃に家族の中で演じてきた役割の影響を受ける

 

 幼い頃にありのままの自分の感情を出すことができなかったり、必要なことを周囲に要求したりすることができないままの家庭で育った子どもは、自分の心の安心を保つために本来の自分とは違った役割を家庭内で演じてしまいます。

 その結果、本来の自分の感情や望みを心の奥に深くしまい込み、大人になった時でも対人関係において、幼い頃と同じ役割を演じてしまいがちです。その結果、二次的に依存症や鬱病、不安障害(対人恐怖症)、摂食障害などを引き起こすことがあります。

 

 家族の中でしっかり者を演じてきたヒーロータイプの子どもは、優等生であるがゆえに人に頼ることができず、明確な答えがない人間関係で挫折することがあります。

 強い不安感と自己否定感のあるスケープゴートタイプの子どもは、大人に対する不信感や怒りから、暴力や非行に走りやすくなったりします。

 隠れることで傷つくことを避けてきたロストチャイルドタイプの子どもでは、自己否定感、人間不信感を持っており、引きこもりやうつ病、自傷行為、対人恐怖症などに陥りやすい傾向があります。

 家族の不穏な状況を敏感に察し、明るく振舞う道化役タイプの子どもは、しんどくて苦しい自分のマイナスの面を知られることに強い恐怖感をもっています。繊細で傷つきやすく、一人でいることが好きで、多くの人の中で急にキレてしまことがあります。

 自分のことより、相手のことを優先する世話役タイプの子どもは根っ子には「自己否定感」と「承認欲求」が強く認められます。人に尽くすことで承認欲求を満たそうとし、共依存や恋愛依存、DVやモラハラの被害者になることがあります。

 

毒親とは―アダルトチルドレンを産む親ー

 毒親という言葉をご存じですか? 初めて聞かれると少し驚かれるかもしれませが、考えてみるとどの親にも多少その傾向はあり、「あなたのため」と言いながら干渉したりすることがあります。

 毒親という言葉はアメリカの医療コンサルタントでグループセラピストであるスーザン・フォワードが1989年に出版した「毒になる親 一生苦しむ子供(Toxic Parents: Overcoming Their Hurtful Legacy and Reclaiming Your Life)」という本の中で、初めて使われました。

 子どもの人生に悪い影響を与える子育てを行う親(母親だけでなく父親も)を表しています。そして、毒親に育てられると、子どもはアダルトチルドレンとなってしまい、自己肯定感が低く、人間関係、結婚、子育てになどに心の問題を抱えやすくなります。

 

 

 本の最初でフォワードは、まず「この世に完全な親などというものは存在しない」と書いています。どの親でも時には大声で子どもを叱ったり、子どもを自分の思うように支配しコントロールしたりすることがあります。親自身も自分のことでたくさんの問題を抱えていて、時に親が怒りを爆発させてしまうこともありますが、乳児期に愛着を通じて作られた基本的な愛情と信頼が親子の間にあれば多くの子どもは大丈夫です。

 フォワードはこうした普通とは異なる親の存在として、子どもを否定しがち」「過干渉・過保護しがち」「暴言・暴力を振るいがち」など「子どもに対するネガティブな行動を繰り返し続け、それによって子どもの人生を支配するようになってしまう親」を毒親と呼んでいます。

 毒親は決して悪者ではありません。毒親自身も、どのように子どもに接し、育てたらいいかわからず、苦しんでいることも多いのです。

 こども自身が自分で抱える生きづらさの原因が親や育てられてきた環境であることに気づき、親を巻き込まず、親に押し付けず、親に邪魔されず、自分の生きづらさを自分で解決していきたいという親からの心理的な自立を願う人々に希望を与えるのが毒親という言葉です。

 

毒親の特徴=4つのタイプ (否定、放置、過干渉、過保護)

子どもを否定する親

 子どもの存在自体を否定することで自分のストレスを発散しようとする特徴があり、親の都合に合わない子どもを暴言や暴力で傷つけ、子どもがすることをなんでも頭ごなしに否定し、場合によっては虐待へと発展してしまう危険性があります。

 ポジティブな感情も、ネガティブな感情も、子どもの感情表現を否定してしまうため、子どもは、自分に肯定感を持つことができず健全な心の発達が阻害されてしまいます。

子どもを放置する親

 子どもを放置する親は、抱っこや一緒に寝るなどのスキンシップが苦手で、子どもを放置して仕事やギャンブルなどに夢中になり、親としての自覚と責任を持たない「ネグレクト」の状態です。

 気が弱く、人間関係で自分が溜め込んでいるストレスを、関係のない子どもに愚痴として聞かせて発散しようとするため、子どもは、頼りない親への同情から母親と「共依存関係」に陥り、就職、恋愛、結婚、出産などの場面で問題が生じる場合があります。

 また、親は子どもが大きくなって1人なってしまうことを恐れるあまり、子供が性的に成長していくことを阻害し、子どもを「束縛・支配」してしまいます。

過干渉な親

 過干渉な親は、世間体を保つために親の価値観を子どもに押しつけたり、子どもを監視・支配したりする特徴があります。自分のしたいことを親に制限されてしまった子どもは抑圧感を感じ、自由な発想がなく、完全主義からストレスを感じてしまいます。

過保護な親

 過保護な親は、子どもを過度に甘やかし、子どもを叱かったり注意したりすることができません。過度に心配しすぎ、子ども自身の友人関係などに深入りしてしまいます。

過保護な親に育てられた子どもは親からの心理的な自立が果たません。また、我慢強さが不足し、家事や育児などの実践的な生活力が低下してしまいます。

子どもを甘やかしすぎるため、子どもが本当は怒って、自分と向き合ってほしい場面で親が叱かることができず、親を頼りなく感じ、ストレスから問題行動を起こすことがあります。

 

アダルトチルドレンの子育てにおける困難さ

 生活のすべてを親に依存している幼い子どもは親の怒りや不安の原因を「自分が悪いからだ」と感じてしまい、自分の存在に価値を見出すことが難しくなり、意識しているか否かにかかわらず、成長後もポジティブで落ち着いた自己像を持つことが困難になってしまいます。

 アダルトチルドレンは、幼い頃にそのままの自分を受け入れてくれる親との間に基本的な信頼関係が育めておらず、子育てにおいても自分がどのように子どもを育てていいのか、お手本がありません。自己評価が低く子育てでも常に不安が伴い、自分の価値観を信じられなくなってしまいます。

 

負の世代間連鎖からの解放=アダルトチルドレンに気づくこと

 

 アダルトチルドレンは機能不全の家族の中で世代間連鎖の影響を受け、きちんと「子どもを生きる」ことができなかったとも言えます。幼い頃に愛され、自分の感情をありのままに受け止められることがなく、感情や望みを引き出し深くしまい込んでしまった過去の記憶である傷ついた子ども(インナーチャイルド)が心の中にいます。まず大切なことは、お母さんが自分の生い立ちを冷静に振り返り、葛藤に気づくことが大切です。

 アダルトチャイルドの概念を生み出したアメリカの社会心理学者クラウディア・ブラックの著書「子どもを生きればおとなになれる」という本の中に、アダルトチルドレンから解放されるためには、自分のイメージの中に「幼い子ども」であるインナーチャイルドを見つけ、過去の子ども時代の痛みを見直し、痛みを癒すプロセスがまず必要であると述べられています。

 そして、その後、愛情に飢えたインナーチャイルドを受け入れ、愛し育てるインナーアダルトを自分の中に育てる作業が必要となります。その際、インナーチャイルドに優しく接してあげることが大切で、それによってインナーチャイルドは解放され、インナーアダルトも成長することになるのです。ありのままの自分を受け入れることができ、痛みを表すことができるようになれば、負の連鎖は少しずつほどけていきます。

 場合によっては、専門のカウンセラーの力を借りることが必要となることがあります。

 

赤ちゃんが自立していくまでに必要ないくつの大切な子育て

 お母さんと子どもを一組の存在としての関わり方をみることが大切であることを強調したイギリスの小児精神科医であるドナルド・ウッズ・ウィニコットは、産まれてすぐのお母さんと赤ちゃんが一体の時期から子どもが自立していくまでにいくつの大切な概念を挙げています。

 お母さんやお父さんに抱っこをしてもらうことはこの世界と向き合うことができるようになる一歩です。育児書は大切ですが、すべての赤ちゃんに当てはまるとは限りません。大切なことは「完璧な育児」ではなく「赤ちゃんと一緒にいることを楽しむ」ことです。

 「まあまあの親」であることで、子どもは「自分もお母さんも万能ではないのだ」と現実を認識し、それを補いあうことで、親子が一緒に成長していけるのです。

 

 

 でも、お母さんやお父さんの心が苦しい状態で、赤ちゃんといるのが辛い状態が続くようであれば、いったん赤ちゃんから離れ、周りの人の助けを借りるのが大切です。周りの人の力を借りるのは決して恥ずかしいことではありません。

 人は少しずつお母さんやお父さんになっていけばいいのです。

 

さいごに

 子どものころに親に愛して欲しかったという望みを叶えることはできませんが、自分で自分を愛するということはできます。一度、子どもを愛せない自分も許してみて下さい。そして、どんな自分でも自分で受け入れて下さい。それが、あなたが親の影響から抜け出し「自分」を生きていくための一歩です。

 ネガティブな感情を減らすには時間がかかります。夫や友人や知人に気持ちを聞いてもらうことで楽になれるなら、それに越したことはありません。それが難しければ、専門家の力を借りましょう。いちばん身近な相談窓口は、地域の保健センターです。その他にも、最寄りの市区町村の児童保健福祉課、子育て支援センター、県の児童相談所などが相談に対応しています。

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 たくさんのお母さんが笑顔で子育てができますように。

ではまた。Byばぁばみちこ