【連載ばぁばみちこコラム】第五十六回 子育てをめぐる神話とお父さんの役割 広島市民病院 総合周産期母子医療センター 元センター長 林谷 道子

 お母さんたちが、育児に不安を感じる原因の一つに、「母性神話」や「3歳児神話」など子育てをめぐる神話があります。また、そばにいて子育ての楽しさやつらさを一緒に分かち合ってほしいお父さんは、お母さんにとってかけがえのない存在です。

母性神話はお母さんへのストレスと子育てに不安をもたらす可能性がある

 お母さんは赤ちゃんが産まれると、育児をすることに無条件の喜びを感じ、自分のことより子どもを優先し、愛することができるという『母性神話』が社会に根付いています。

 しかし、核家族化が進み、支援してくれる人が少ない中で、育児に余裕がないお母さんは、どんなに一生懸命育児をしていてもうまくできないことがあります。「母性」という言葉はお母さんを縛り、「私は母親失格かもしれない。」とお母さんを追い込んでしまいます。

 特に、初めての育児の場合や育てにくさのある赤ちゃんに対して、愛情と優しさを持ち続けるにはお母さんの努力だけでは難しく、お母さんを取り巻く周りの人の援助が必要です。

母性神話はどのように生まれたのか?

2つのホルモンは母性の証明か?

 お母さんは赤ちゃんを産むと、オキシトシンプロラクチンというホルモンが分泌されるようになります。オキシトシンは愛情・愛着に関係するホルモンで、「抱っこホルモン」、プロラクチンはおっぱいの合成・分泌に関わるホルモンで、「子育てホルモン」とも呼ばれます。

 これらのホルモンによって、母性が芽生え、お母さんは昼も夜をも育児に夢中になることができると説明されますが、母性本能と「愛情」とは違うものです。

 頑張ってなんとか赤ちゃんの世話はしているけれど「赤ちゃんを心から愛することができない」、「子育てが楽しいと思えない」など育児がつらいと感じているお母さん達もいます。

 

母性はどのように強調されるようになったか?

 日本では戦前は第1次産業が中心で、お母さんは農作業などに従事しながら、家族や地域の人たちの支援を得ながら大家族の中で子育てを行ってきました。

 戦後、産業構造が変化し、家族の暮らしが大きく変わり、急速に核家族化が進みました。

 高度経済成長期には、お父さんは企業戦士として外で働き、お母さんが家を守るという「性別による役割分業」が当たり前となり、子育ては「お母さんの仕事」になっていきました。

 1951年に、生後早期の特定の養育者との愛着形成が、その後の子どもの心の発達に影響を与えるというボウルビィらの研究が発表されました。

 日本でも、お父さんは外で働き、お母さんが家を守るという社会的、政治的、経済的な背景により、子どもに対する「母性」の重要性が過度に強調され、その結果、多くのお母さんが子育てに責任を感じ、不安を持つようになったのではないかと思います。

 子育ての中で、お母さんの役割は重要ですが、お母さんが子育ての辛さをどの程度感じるかは、人それぞれで、苦痛やイライラを強く感じる人もいます。「母性」という神話で母親を縛ることは、過酷な環境で育児をせざるを得ないお母さんと子どもを苦しめることになります。

 母性神話に振り回されないで、母親が安心して子どもを育てることができるためには、「辛い時はやっぱり辛い」とお母さんが素直に声を上げることができ、周囲がそれを受け止めることができる社会の仕組みが大切です。

お母さんを悩ます3歳児神話

 3歳児神話は母性神話と密接な関係があります。3歳児神話とは「3歳まではお母さんは子育てに専念すべきだ」という考え方で、女性の多くが働いている現在において、保育園に預けて働くことに後ろめたさを感じ、周りから「小さいのに保育園に預けたら可哀そう」「せめて3歳くらいまではお母さんが育てた方がいい」などの声を聞くと、仕事を続けることに悩みを感じるお母さんも多いのではないでしょうか?

 私自身も子育ての中で仕事を続けることに悩んだ時期がありました。

 

3歳児神話の3つの要素

 3歳児神話は3つの要素で語られています

 第1の要素は子どもの成長にとって3歳までの時期が非常に大切だということです。幼少期は人から愛されて自信を持つ心を育むことができる時期で、第54回のコラムでお話させていただいたように愛着形成において重要な時期であることは否定できません。

 第2の要素はその大切なその時期には、お母さんが養育に専念しなければならないという考えです。そして、第3の要素はお母さんが育児に専念しないと、将来にわたって成長にゆがみをもたらすというものです。

3歳児神話はどのように生まれたのか?

 我が国で、子どもに対する「母性」が強調された高度経済成長期に子育ては「女性の仕事」とされていく中で、その時代の社会的な背景を受け生まれた「3歳児神話」は1960年代に広まり、社会に大きな影響を与えました。

3歳児神話という言葉はどのように認識されているか?

 1998年に乳幼児や小学生を持つ母親、育児経験のある女性、保健師、助産師100人を対象に行った3歳児神話に関するアンケートでは、73%が3歳児神話を知っていると答えています。

 3歳児神話という言葉をどこから知ったかについては。世間一般が49%、育児雑誌が27%、テレビや新聞が26%の順で、マスメディアから知ることが多いものの、最も多かったのは世間一般という回答であり、社会的にいつの間にか認識されていったことが分かります。

 

3歳児神話はどのような内容だと理解しているか?

 3歳児神話の内容については、80%以上の人が3歳までの働きかけが子どもの成長や発達に大きな影響あたえ、50%の人が3歳までのお母さんによる育児が特に大切であると回答しており、子どもに対する働きかけはお母さんが行うべきだと感じていると思われました。

 

 

 3歳児神話が意味する「子どもの成長に乳幼児期が重要である」ことは否定されるものではありませんが、お母さんが育児に専念するべきで、しなければ成長発達にゆがみをもたすという点については、種々の報告から1998年版の厚生白書で合理的な根拠はないと否定されています。

 また、母子関係の重要性のみが過度に強調されすぎると、環境によっては、お母さんを追い込め、虐待などにいたることも少なくありません。お母さんだけに育児の負担を課すような3歳児神話の考え方から解放され、お母さんが心にゆとりをもって子育てを行うことこそが、結果的には、よりよい母子関係が築かれることにつながります。

子ども虐待から見た育児の困難さ

 令和2年度に全国の児童相談所で対応した児童虐待相談対応件数は、205,029件で、統計を取り始めた平成2年度を1とした場合の約186倍、児童虐待防止法が施行された平成12年度では約12倍と、近年急激な児童虐待の増加がみられています。

 

 

 厚労省の社会保障審議会児童部会は平成16年に設置され、毎年度虐待では亡くなった子どもの検証を行っており、現在まで第17次報告が出ています。17年間で亡くなった子どもは1,457人で、4日に一人の子どもが虐待で亡くなっています。

 心中による虐待死はどの年齢にもみられますが、心中以外の虐待死は0歳児で最も多く、心中も合わせると、虐待で亡くなった子どもの三分の一は0歳児で、3歳までの子どもで60%を占めています。加害者は母親が最も多く、心中以外の虐待の半数以上が母親によるものです。

 虐待に至る原因は様々ですが、虐待は日常的にどの家庭でも起こりうる危険性を持っており、お母さんだけで育児を担うのは限界であるのが現状ではないかと思います。

子育てはお母さんだけの役割ではない

 赤ちゃんを産むこと、母乳をあげることはお母さんにしかできませんが、子どもに愛情を注ぐことや育児を手伝うことはお父さんにもできます。核家族化が進み、共働き世帯も増え、お父さんも育児に参加するようになってきましたが、まだまだ子育てはお母さんの役割であるという意識は根強く、家事の大半をお母さんが担っています。

 総務省の調査によれば6歳未満の子どもを持っている家庭での、夫の1日当たりの家事とそのうちの育児時間を見ると、育児の時間は49分で1時間にも及びません。一方、お母さんの1日当たりの家事時間は1週間平均で7時間34分、そのうち育児時間は3時間45分で、育児を含めたほとんどの家事はお母さんが行っているのが現状です。

 

女性の年齢別就業率の変化

 これからの社会の経済成長には女性の活躍と労働力が不可欠であり、子どもを産んでも働き続けているお母さんが増えています。

 総務省統計局の「労働力調査」によれば、1989年から10年ごとに調査した女性の就業率は次第に増加しており、2019年では、子育て世代の75~80% 以上のお母さんが働いていることが分かります。

 

男性の育児休業取得率の現状

 育児休業をとるお父さんが少しずつですが増えてきています。

 厚生労働省の「雇用均等基本調査」によると、2020年の民間企業に勤めるお父さんの育児休業取得率は過去最高の12.7%となり、前年から5.2%と大きく上昇しましたが、取得期間は約3割が5日未満となっています。一方、お母さんは8割以上が育休をとっており、男性とは大きな開きがあります。

 日本のお父さんが家事や育児などに使う時間は諸外国と比べて圧倒的に少なく、将来的な夫婦間の心のすれ違いの原因にもなり得ます。

 

育児・介護休業法の改正

 「育児休業等に関する法律」は1991年に成立し、その後改正が重ねられ、1999年からは「育児・介護休業法」に改名されました。

 2022年4月からスタート、10月から義務化される新しい育児・介護休業法の改正では、今まで原則分割しては取れなかった育休を、2回に分けて取得することができるようになりました。

 また、男性の育休については「産後パパ育休」という制度が新設され。今よりも自由に取得できるように改正されました。

 一方、企業側には育休を取得しやすい環境を整備することや、育休取得率の公表が義務化されることになっています。

産後パパ育休(出生時育児休業)

 産後パパ育休は、産後8週間の期間に、これまで「パパ休暇」として育休の一部で取得していた休業を、育休と別に取れる制度です。期間内であれば最長4週間を2回に分けて取得することができ、これに併せて産後8週間以降の育休についても最長1年間を、2回に分割けて取得できるようになります。

 新しい産後パパ育休の制度はお母さんの「産後うつ」のリスクが高い出産から約1カ月の期間に夫婦で助け合いながら育児に取り組むことによって発症を予防することにつながります。

 

育児におけるお父さんの大切な役割は? =お母さんの味方になること

 

 育児で一つだけお父さんの大切な役割をあげるとしたら、「お母さんの味方になり、母さんの話の優しい聞き役となること」です。赤ちゃんが生まれた直後は心身ともに不安定な時期です。出産直後のお母さんの心と体をゆっくりいたわるためにも、「産後パパ育休」の制度を使って、一緒に新しい命と向き合いましょう。

 立ち会い分娩は、わが子の誕生の瞬間を一緒に共有でき、お互いへの思いやりを表せるまたとない機会です。

 渥美による「女性の愛情曲線」という調査があります。これは女性がライフステージごとに何に愛情を注ぐかの変化をみたものです。結婚直後は愛情のトップは「夫」ですが、子どもが産まれると子どもへ注ぐ愛情が増加し、夫への愛情は急激に下がります。その後、夫への愛情は少しずつ回復していくグループと 低迷していくグループに二極化します。

 大変な乳幼児期に「夫と二人で子育てができた」と感じたお母さんは夫への愛情は回復しますが、「子育てに夫の協力がなかった」と感じるお母さんの愛情はその後低迷します。まさに、これが将来の熟年離婚の導火線になってしまいます。

 日本のお父さんは家事や育児など、家族のために使う時間は諸外国と比べて圧倒的に少ないのが現状ですが、お互いに助け合って育児ができ、夫との関係がいいほど、お母さんは育児に前向きになれ、子どもの心も安定します。一緒に子育てを行い、楽しいことも辛いことも分かち合って、初めてお父さんとお母さんになっていけるのです。

 

さいごに

 「どういう子育てをするのがいいのか?」の正解はありません。ただ、悩みながらも、お互いに向き合い、助け合って自分を育ててくれるお母さんやお父さんの姿ほど子どもにいい影響を与えるものはありません。

 そして、子育てがつらい時には、祖父母、ベビーシッター、保育士など周りのたくさんの人に、助けを求め一緒に育ててもらうことは恥ずかしいことではありません。

 最初は新米でも、安心できる環境で愛情をもって少しずつ子どもを育てながら、ゆっくりお父さん、お母さんになっていけばいいのです。頑張ってくださいね。

ではまた。Byばぁばみちこ