【連載ばぁばみちこコラム】第六十一回 子どもをめぐる法律(4)-児童虐待防止法-
厚生労働省は、11月を「児童虐待防止推進月間」と定めており、家庭や学校、地域で児童虐待防止のための広報・啓発活動などを行っています。
児童虐待に関する相談対応件数は年々増加傾向にあり、令和3年は速報値207,659件で、子どもの命が奪われる重大な事件が後を絶ちません。
児童虐待の歴史=子どものしつけや育て方に対する考え方の歴史
子どもへの虐待は古くからありましたが、日本では1980年代までは子どもに対する暴力は家庭のしつけや育て方の問題として扱われ、「子どもに対する虐待である」という認識はされていませんでした。
1989年の国連総会での「こどもの権利条約」(第60回コラムをご参照下さい)の採択を受け、わが国でも1990年代に入り、児童虐待につながる暴力を用いたしつけは、どの家庭でも起こりうる社会全体の問題であるとされるようになり、虐待に対する認識が広がっていきました。
児童虐待防止法によって児童虐待とされる行為とは?
殴る、蹴るなどの身体的虐待だけでなく、食事を与えない、病気になっても病院に受診させないなど保護者として責任を果たさないネグレクト、脅しや傷つく言動、無視、子どもの目の前で配偶者へ暴力をふるうなどの心理的虐待、子どもにわいせつな行為をしたり、させたりする性的虐待の4つを児童虐待の行為であると定めています。
さらに、2019年6月19日に子どもへの体罰の禁止を明文化した改正法が、改正児童福祉法と合わせて成立し、翌2020年4月より施行されました。たとえしつけのためだと親が思っても、子どもの体や心に何らかの苦痛や不快感を引き起こす行為は体罰に当たり、法律で禁止されています。これは保護者を罰することが目的ではなく、社会全体で子育てをサポートし、体罰によらない子育てをすすめることを目的としています。
児童虐待防止法は子どもの健やかな成長を守るための「児童福祉法」という法律と関連しています。児童虐待を受けた子どもの権利を守るために、子どもと保護者との関係を調整することや保護者への指導や助言を行い、育てることが難しい場合には、児童養護施設で育てることが妥当であるかどうかの判断を行うのが、児童福祉の専門機関である児童相談所です。
児童虐待防止法の歴史とその背景
日本における児童虐待防止への取り組みは戦前にまでさかのぼります。児童虐待防止法は1980年代とそれ以降で大きく変わりました。そのきっかけになったのが、1989年に国連で採択された『こどもの権利条約』で、日本は1994年にこの条約に批准をしています。
1980年代までの児童虐待防止法
わが国で初めて『児童虐待防止法』が制定されたのは1933年です。
この時代の虐待は『貧困』と関連があり、防止法は、親子心中を防ぎ、見世物や乞食、風俗でのこどもの労働を禁止することを目的としていました。また家父長制が強く、子どもは家族のために尽くすべきという考えによって子どもが搾取されるのを防ぐ意図がありました。
1947年には、『児童福祉法』が制定され、戦争により親を亡くした孤児の最低限度の生活を保障するために制定されました。これと同時に『児童虐待防止法』で禁止されている項目が児童福祉法の34条に含まれることになり、『児童虐待防止法』は廃止されました。
その後、日本は目覚ましい経済成長を遂げ社会が豊かになるにつれ、虐待は貧困との関連で起こると考えられていたため、1990年代まで虐待が大きな社会問題となることはありませんでした。
1990年代以降の児童虐待防止法
日本が1994年に批准した子どもの権利条約には、社会や行政が虐待行為から子どもを保護することが明記され、日本でも批准以降、虐待に関する調査や議論が始まりました。この中で、こどもへの虐待が本格的に社会問題となるにつれ、2000年に『児童虐待防止法』が制定され、虐待の定義と虐待を見つけた場合の通告義務が明記されました。
その後、児童相談所の権限の強化や、こどもの安全確認のための自宅への立ち入り調査の強化など、児童福祉法、児童虐待防止法は何度か改正され、2011年には、子どもの不利益になる場合には、家庭裁判所の審判により、最長で2年間の親権停止が可能となりました。
また、2019年には児童虐待防止法、児童福祉法が改正され、しつけとして行う体罰の禁止、児童相談所の体制強化、子どもの一時保護の際に両親がこれを拒否した場合には、司法審査によって子どもを保護ができるようになりました。
児童相談所における児童虐待相談対応件数
児童虐待防止法は、「子どもを一人の人として尊重し命を守ること」を目標として、児童福祉法と合わせ改正されてきましたが、残念ながら児童相談所における児童虐待相談対応件数は年々増加しています。
令和3年度に全国の児童相談所で対応した児童虐待相談対応件数は、速報値で207,659件と報告されており、統計を取り始めた平成2年度を1とした場合の約190倍となっています。
平成12年5月24日に児童虐待防止法によって、虐待の通告義務が課せられ、それ以降相談対応件数は年々増加しています。特にここ数年の相談件数はウナギ登りです。
虐待が増加している原因として、児童虐待が社会的関心をもたれ、これまで気づかれなかった児童虐待が児童相談所に通報されるようになってきたことがあげられます。
また、核家族、経済的格差など、大家族の中で協力をうけながら子育てができた昔と違って、現在は家族、特にお母さんが孤立しやすくなっていることもその原因と考えられます。
虐待で亡くなる子ども達
平成16年に設置された厚生労働省の社会保障審議会児童部会では、虐待で亡くなった子どもを心中以外の虐待死と心中による虐待死に分けて検証を行っており、現在18次報告が出ています。その検証によれば心中による虐待死はどの年齢にもみられますが、心中以外の虐待死は3歳以下が60%、特に1歳代までがその半数以上を占めています。
身体的虐待とネグレクトが90%を占め、虐待者は実母、実父合わせて80%であり、密室でなすすべもなく虐待されて亡くなる子どもにとって、家庭は地獄としか言えない場所であると言えます。18年間に亡くなった子どもは1,534人で、4.2日に1人の子どもが亡くなっています。
児童虐待防止法における親権制度の見直し―親権停止制度
児童相談所が虐待を受けた子どもを保護する際に、親は親権を主張し、児童相談所が介入をすることを拒んだり、虐待を受けた子どもが保護されて児童養護施設などに預けられた場合に、強く子どもの引取りを求めるなど様々な不当な主張をするといった問題があります。
親権には、親が自分の子育てについて他人から干渉されない「権利」がありますが、同時に「親は子どもの心と体を健康に育てる「義務」を負っており、父母が共同で親権を行います。
これまでも、虐待や悪意の遺棄などを行った場合には、親権を家庭裁判所の審判によって失わせる「親権喪失」という制度がありましたが、親権喪失は親権の全てを無期限に奪うことにもなるため、家庭裁判所への申立てがためらわれ、その結果、虐待を行った親の親権を制限することが難しい場合がありました。
2011年、児童福祉法が改正され、虐待を受けた子ども本人、親族、未成年後見人、児童相談センター長などが家庭裁判所で審判の申し立てを行い、停止期間2年を上限として親権を停止することが可能となりました。親権が停止された期間に親との関係や家庭環境の改善を図り、その効果をみて、親権の停止や喪失、あるいは親に戻すかという選択ができます。
両親が親権停止となった子どもには、親権者と同じような役割を果たす「未成年後見人」を家庭裁判所が選任することになります。また、状態が改善すれば親権喪失・停止の審判の取消しによって父母が再び親権を取り戻すことが可能です。
子どもを守るためには、親権をただ停止するだけでなく、親に対する支援や親から引き離された子どもに対する社会的な養護が今まで以上に充実されることが課題となります。
児童虐待防止法における懲戒権としつけ、体罰
親がこどもを教育する観点から、子どもの問題行動に対して、これを正すために、必要な範囲で実力を行使することを「懲戒権」いいます。民法822条、民法820条にその規定があり、必要な範囲で、子どもの利益のために懲戒することができると定められていますが、子どもの虐待事件が増えるにつれ、親が行った行為がしつけなのか虐待なのか、判断が大変難しいという状況が生じます。
2019年、児童虐待防止法、児童福祉法等の一部が改正され、しつけの一環として行われる体罰の禁止が定められました。
子どものしつけのための懲戒権の取り扱いは難しく、それを認めすぎると、しつけの名を借りた虐待が増える可能性があり、また、懲戒権を削除すると、親権者による正当なしつけができなくなる可能性があります。
そのため、2019年の改正の際に、施行後2年を目途として懲戒権の在り方について検討を加えていくとされており、今後さらに議論が行われることと思われます。
子どものしつけと叱り方
今後、懲戒権について見直しが検討されていくと思われますが、親が子どもを見守り、必要なしつけをすることは大切な親の権利でもあり、義務です。
しつけの語源は和裁の「仕付け」からきていると言われています。しつけは本縫いを正確にするためにざっと縫い合わせておくために行うもので、ざっくりしたものです。子どもに対するしつけも必要な範囲で子どもの利益のために行うものであり、大まかな道筋を示すことができればいいのではないかと思います。
こどもが言うことを聞いてくれない時、感情的になってしまいがちですが、怒ってイライラした感情のまましつけを行っても子どもに伝わりません。体罰は往々にして、親の怒りの感情をさらにエスカレートさせてしまう危険性を持っています。
叱り方で大切なことは、頭ごなしに叱らないで、子どもの考えや意見や理由を聞き、どうしたらいいかを教えることが大切です。また、その場で行った行為だけを叱ること、他の子どもと比較しないことも必要です。
短く具体的に簡単な言葉で伝え、叱りっぱなしにせず、抱きしめたり、言葉などで愛情を示したりすると、心にダメージを受けた子どもに伝わりやすくなります。
叱るということは簡単そうで意外と難しく、ついつい怒ってしまうことが多いのですが、限界と感じたら、深呼吸して6秒数えたり、その場を立ち去ることも必要かもしれません。
児童相談所虐待対応ダイヤル「189」
虐待かもと思った時などに、すぐに児童相談所に通告・相談ができる全国共通の電話番号です。「児童相談所虐待対応ダイヤル「189」」にかけると近くの児童相談所につながります。通告・相談は、匿名で行うこともできます。また、通告・相談をした人やその内容に関する秘密は守られます。
児童相談所は、虐待の相談以外にも子どもの福祉に関する様々な相談を受け付けています。児童相談所相談専用ダイヤルは0120―189-7831です。
その他の相談窓口として、24時間子供SOSダイヤル(文部科学省)や子どもの人権110番(法務省)があります。
さいごに
痛ましい虐待のニュースが報道される度に心が痛みます。虐待は子どもに対してだけではなく、高齢者や障害を持った人など弱い立場の人に起こっています。
児童虐待の背景には、夫婦関係の悪化やDV、経済格差など家庭の複合的な問題があります。
虐待に気付いた人が関係機関に知らせることが子どもの命を救うために大切なのは変わりませんが、何よりもそばにいる人が、虐待に至る前に子どもだけでなく、ご両親のSOSに気づくことが求められます。
子どもを育てることには多くの困難があり、なかなかうまく行かないことも多くあります。未来を担う子どもたちを社会全体で守っていくことが求められています。
ではまた。 Byばぁばみちこ