【連載ばぁばみちこコラム】第六十三回 子どもをめぐる法律(6)-医療的ケア児支援法-
周産期医療の進歩により、今までは救えなかった子どもたちが助かるようになり、退院後にお家に帰っても様々な医療的ケアが必要な子どもが増えています。
医療的ケアには様々なものがありますが、その多くは家族、特にお母さんの献身的な努力によって支えられているのが現状です。
医療的ケア児と在宅医療
医療的ケア児とは、体の機能を補うのに何らかの医療器具が必要な子ども達のことです。具体的な医療的ケアには、経管栄養や気管切開などがあります。
経管栄養は口から食べ物を飲み込むことができない場合に、鼻から通した栄養チューブや、お腹に穴を開けた管 (胃瘻)から直接栄養剤等を入れる処置です。
また、 気管切開は様々な病気で口や鼻から呼吸ができない場合に喉に穴を開け、カニューレ(通気の管)を通して呼吸を確保する処置です。この他にも、様々なケアがありますが、在宅での呼吸に関するケアは命に直結することもあり、家族にとって常に目を離すことができず、緊張を強いられるケアです。
医療的ケア児は年々増加している
医療的ケアを必要とする子どもは、2021年の時点で、全国で約2万人を超え、この数は年々増加傾向で、2005年の2倍以上になっています。一方で、我が国の2021年の出生数は約81万人と6年連続で100万人を下回り、昨年は77万人(速報値)と報告されており、生まれる子どもの数は減り続けています。
生まれる子どもが減っている一方で医療的ケア児は増えており、生まれる子どもの中で医療的ケアを必要とする子どもの割合が増えていることになります。
これは、日本の医療技術の向上によって、出生時に病気や障害があっても、多くの赤ちゃんを救うことができるようになり、その結果として、生きるために医療的なケアを必要とする子どもが増えてきているということを示しています。
従来の判定では医療的ケア児の障害や大変さは判定できない
昭和38年に我が国で障害児の療育が開始され、障害児の重症度の判定に「大島分類」が使われました。この時期には医療的ケアの存在はほとんど認識されておらず、身体機能(座れる、立てる等)と、知的能力(IQ)によって、障害レベルが判定され、それに応じて行政の支援が行われてきました。
区分1~4(寝たきり、座れるレベル IQ35以下)が狭義の重症心身障害児とされています。区分5~9はたえず医療管理が必要、障害が進行的、合併症がある場合には療育や入所の対象として考慮されています。また、区分10,17の自傷、他害行為がある場合も対象とされています。
医療的ケア児の中には知的な遅れや身体機能に問題がある子どももいますが、知的な遅れがなく自分で歩くこともできる子どもは、この分類では「障害がない」と判定され、今までの障害児者支援の枠組みでの自治体の福祉支援を受けることができませんし、常に目が離せない家族の大変さは判定ができません。
医療的ケア児と家族の問題点=常に目が離せないことによる身体的・精神的な負担
生まれてすぐNICUに入院した後、状態が安定してきたら、お家での生活が始まります。しかし、お家に戻った後も医療的ケアは常に必要で、家族、特にお母さんに大きな負担がかかってしまいます。また、ケアの内容によっては幼稚園や学校に通うことが難しく、できたとしても、何かあった時のために保護者の付き添いが常に必要なことがあります。そのため、保護者(特にお母さん)は仕事を辞めざるを得ないというケースが多く、経済的な困窮やお母さんの身体的・精神的な負担、御両親の気持ちのすれ違いからの離婚に至るケースもあります。
また、発達を促すのに必要な療育に医療的ケア児が通う場合、施設に看護師など医療従事者がいなければ受け入れが難しく、療育などの福祉サービスを受けられなくなってしまいます。
医療的ケアが必要であったNICU退院児の現状
2000~2012年の13年間に広島市民病院NICUを生存退院した5,659人の赤ちゃんのうち、109人(退院児の1.9%)の赤ちゃんで医療的ケアが必要で、213件のケアが行われました。
最も多い基礎疾患は染色体異常を含む先天異常で50人と約半数を占めました。次いで鎖肛や、先天性の消化管の閉鎖などの小児外科疾患、新生児仮死の順でした。
医療的ケアのうち、最も多いケアは、胃瘻を含む経管栄養69件、次いで、在宅酸素48件で、この2件のケアで、約半数を占めています。また、一人当たりのケア件数では1件のみのケアは約半数ですが、約3割は3件以上のケアが同時に必要となっています。ケア数が多いほど、負担は大きく、特に口腔内吸引や気管吸引などのケアはあらかじめ計画を立てて行うことが難しいケアであり、子どもの状態によっては頻回のケアが必要です。
在宅医療にはリスクの評価が必要
「在宅医療は地域医療の枠組みの中で、自宅で適切な医療提供を受けながら、可能な限り患者の精神的・肉体的自立を支援し、患者とその家族のQOLの向上を図ること」と定義されていますが、在宅医療が、本当の意味で患者とその家族の幸せにつながっていくことが大切です。
在宅で医療的ケアを行う場合、子どもの「医学的リスク」を評価することはもちろん、お家に帰った後、家族が身体的、精神的にも余裕をもってケアが行えるかどうかの「家族的リスク」の評価も必要で、リスクがあればショートステイなどで家族の負担を減らすなどの支援も重要になります。
医学的リスクを持ち在宅医療へ移行した家族の思い
広島市民病院NICUを2000年からの8年間に退院し、子どもの医療的ケアが必要であった64人の御両親に在宅医療の現状についてアンケート調査を行ったことがあります。住所不明の4人を除く60人中42人(70% )のご両親から回答をいただきました。
家庭で医療的ケアを行う条件とケアへの思い
42人のうち子どものケアを主に行っているのは母親で、働いていた母親19人のうち13人がケアのために仕事を辞めていました。家庭で安全にケアを行うための条件はいくつかありますが、子どもの状態、家族の受け入れ態勢、必要物品や緊急時の受診体制は整っていたもの、退院後の支援体制や医療ケアのやり方の習熟は、約半数で十分でなかったと答えていました。また、80%以上の家族が医療的ケアに不安を持っており、約60%以上の家族が大変さを実感しています。
家庭で医療的ケアを行うメリットとデメリット
病院で長い入院生活を送ってきた子どもたちが、お家で医療的ケアを受けながら両親や同胞と暮せることで、御両親は子どもに愛情と成長を実感できるというメリットがあると感じています。
その一方、在宅で医療的ケアを主に担っているお母さんにとっては気の休まる時間がなく、アンケートでも最大のデメリットはケアしている人の過重な負担と答え、約3割の母親は子どもにつらく当りそうになると答えています。
家庭での医療的ケアを主に行っているお母さんを支える支援は?
医療的ケアで最も大切なことは、ケアの担い手であるお母さんの負担を軽減し、お母さんの心の安定と安心を保証することです。
御家族が退院後に希望する在宅支援として、最も多かったのは24時間対応できる入院可能な救急医療体制でした。お家で、この子どもの状態に変化があった場合、いつでも相談でき、必要に応じて入院できる体制は在宅でケアを続けるためには不可欠です。また、子どもをショートステイやデイケアに預け、御家族が自分たちの時間を過ごせるレスパイト支援もなくてはなりません。
医療的ケア児支援のための医療的ケア児用基本報酬の新設と医療的ケア児の新判定スコア
一言で「医療的ケア児」と言っても、病気の種類、必要なケアの内容や頻度は個人差があります。また、年齢によって必要な支援は異なり、NICUを退院してしばらくは医療や福祉の支援が主ですが、成長するにつれ、保育や教育など学びの場での支援が必要になってきます。
子どもの障害福祉サービスには入所施設のほか、通所の児童発達支援センター・児童発達支援事業、放課後等デイサービス、居宅訪問型児童発達支援、短期入所などがあります。
医療的ケア児が様々な福祉サービスを受けるには看護師などの配置が必要ですが、従来の報酬の設定では、子どもを預かるために必要なコストを賄うには到底足りず、医療的ケア児を預かる施設の事業者は経営が非常に苦しい状況にありました。そのため、ご両親が福祉サービスを受ける施設を見つけることができず、医療的ケアのある子どもの居場所が制限されていました。
医療的ケア児用基本報酬の新設
2021年2月4日に公表された「令和3年度障害福祉サービス等報酬改定」では医療的ケア児用基本報酬が新設されました。この改定により、医療的ケア児の受け入れに必要な費用を補うための報酬が施設等へ適切に分配されることになり、医療的ケア児の預かり先の拡大に向けて大きな一歩となりました。
医療的ケア児の新判定スコア
これまで、障害児の分類は「大島分類」で障害レベルが判定され、それに応じた報酬が設定されていました。
歩くことができて、健常児と同程度の知的能力を持っている場合、何らかの医療的ケアが必要な「動ける医療的ケア児」はどこにも分類することができず、基本報酬は、一般的な障害児と同じに設定されています。気管切開して呼吸器をつけている場合、実際には動けるからこそ自分で人工呼吸器を外してしまう危険があり、常に見守りが必要になります。また、呼吸器を扱える看護師の配置も必要となります。今回の判定スコアには見守りスコアが設定してあり、呼吸器が外れた場合、直ちに対応が必要な場合には「高」、15分以内に対応が必要な場合には「中」、それ以外は「低」と危険度に応じてスコアがつけられています。
医療的ケア児支援法=医療的ケア児の支援が国や自治体の責務へ
医療的ケア児支援法は、医療的ケア児を育てている家族の負担を軽減し、その家族の離職を防止とともに、医療的ケア児の健やかな成長を図ることを目的としています。対象は医療的ケアが必要な18歳以下(18歳になっても高校などに通っている方は対象)の子どもです。
2021年6月11日にこの法律は可決され、9月18日に施行されました。この法律では国や地方自治体が医療的ケア児に対する支援に責任があるとしています。
自治体が負う具体的な責務
今回の医療ケア児支援法で自治体が負うべき具体的な責務としては、
- 保育や教育などの場にケアが可能な看護師や保育士の配置を行い、保護者の付き添いによる負担を軽減できるため、希望する保護者は就労が可能になります。2016年6月3日の改正児童福祉法、2019年3月20日の文部科学省の「学校における医療的ケアの今後の対応について」の通知では、医療的ケアを学校などで行うことについて一定の理解が示されましたが、今回の支援法によってこれまでの「努力義務」から医療ケア児に対する適切な支援を行うことが学校等の「責務」であることが明確にされたため、今後さらに支援が進んでいくことが期待されます。
- 相談支援を一元化するために、医療的ケア児支援センターを設置し、医療や保健、福祉、教育等の情報提供や支援を広げるための研修が行われます。
さいごに
今年の4月にこども基本法と、その中心的司令塔の役割を担う「こども家庭庁」が内閣府の外局に設置されることになっています。複雑化している子どもの課題に対応する政策が実行され、障害の有無にかかわらず子どもをもっと大切にし、一人で悩んでいるお母さんを孤立させない、お母さんだけが頑張らなくてよい社会になることを願っています。
ではまた。Byばぁばみちこ