【連載ばぁばみちこコラム】第六十八回 小さく生まれた赤ちゃんの子育て―出産前訪問―
様々な理由で早産となり、小さく生まれた赤ちゃん。特に1000g未満の超低出生体重児と言われる赤ちゃんは生まれた直後から数カ月間、親から離れてNICUでの治療を受けることになります。それは赤ちゃんにとっても両親にとってもつらい体験で、NICUスタッフは子どもの治療に加え、両親、特にお母さんに対する心についても配慮することが必要です。
低出生体重児の母親に対する心理的支援は非常に重要=心の支援は「母と子」ともに届く!!
何の問題もなく出産したお母さんでも、産褥期には「幸せ」といったポジティブな感情を持つ一方で、「不安や心配」などのネガティブな感情を持っており、情緒不安定なマタニティブルーの頻度は低くないとされています。
ましてや、妊娠と出産にリスクがあり、赤ちゃんへの不安や心配を抱えている低出生体重児のお母さんのストレスは非常に強いものがあります。
お母さんの不安を支援することは2つの大きな意義があります。一つはお母さんの心の混乱を支えるということ、そうしてもう一つはお母さんの心が安定し児との関係性を育むことによって、赤ちゃんの心の発達を支えるということです、すなわち、お母さんが心身ともに元気であるように支援することは、赤ちゃんが健全に育っていくカギになると言えます。
出産に伴ういくつかの課題
赤ちゃんを産むということは、人生の大きな出来事の一つで、赤ちゃんを産んだお母さんには心理的に乗り越えないといけないいくつかの課題があります。
- お母さんは自分自身の体の回復とともに、分娩という出来事を客観的に整理し、お腹の中にいた胎児との生理的な分離を受け入れる必要があります。
- 産まれてきた赤ちゃんへの適応、これは、具体的な育児だけでなく、心の中に思い描いていた赤ちゃんと目の前にいる赤ちゃんの違いを認め、自分の子どもとして受け入れることです。
- 赤ちゃんとの関係づくり(第53回コラムを参照ください)によって愛着を育んでいきます。
- 夫との2人の関係から赤ちゃんを含む3人の関係へと関係を作りなおすことが必要です。
これらの課題はお産に問題がなければ特別に意識せずに解決しています。
低出生体重児を産んだお母さんの課題=心の危機を乗り越える
低出生体重児を産んだお母さんも成熟児のお母さんと同じ課題を経験しますが、成熟児を産んだお母さんと違うのは妊娠が途中で終わり、赤ちゃんが小さく心に描いていた健康な赤ちゃんと違うこと、赤ちゃんがNICUに入院し接触が制限されること、自分の今後の目標を変えざるを得ないことなどがあげられます。
そして、出産直後には元気な赤ちゃんを産めなかったという事実を認識し、生まれた赤ちゃんが亡くなってしまうかもしれないという心の準備(予期的悲嘆)をすることによって心の危機を乗り越える必要性があるという大きな課題に直面します。
そして、赤ちゃんが回復していくに従って、赤ちゃんの成長が成熟児とは違っており、赤ちゃんの育児を自分が中心となって行っていかなければならないという心の準備が必要になってきます。
このように、低出生体重児を産んだお母さんは、喪失や悲しみなどの危機的状況から、不安、罪悪感などの混乱の時期を経て、なんとか希望を見出し、子どもへの愛着を抱く順応の段階をへて赤ちゃんと向き合うことができるようになります。その過程は、お母さんによって様々で、ずっと混乱を引きずって、長いトンネルから抜け出ることができないお母さんもあります。
低出生体重児を産んだお母さんの産後の不安の変化
お母さんの不安は、赤ちゃんが産まれてからの時間経過とともに変わっていきます。
不安の程度や内容は赤ちゃんに病気(第66回コラムを参照ください)があるかないかと重症度など、こどもの状態によって変わります。
ステージⅠ 出生直後は、予想しなかった急な出産と目の前のわが子を見て混乱し、児の状況と発達へ強い不安を持ってしまいます。
ステージⅡ 保育器内で赤ちゃんを触ったり、カンガルー・ケア(保育器の外でお母さんの胸の中に赤ちゃんを抱っこする)が出来たりするようになると母親は少し落ち着いてきます。
ステージⅢ 保育器外での関わりが始まると、未熟児網膜症や慢性肺疾患などの合併症が残っている場合や子どもの発達に対して不安を感じるようになります。
また、育児が始まることへの現実の様々な不安が起こってきます。
ステージⅣ 直接授乳が始まると、上手にミルクが飲めないなど、具体的な育児への不安が強くなってきます。
お母さんの不安へ最も大きく影響する要因は赤ちゃんの出生時の状態とその後の経過です。
また、お母さん自身の性格や出産前後の出来事をどのように認識しているか、また児へどのように関わっているかも不安の程度に影響を与えます。家族、特に夫の精神的な支えや実質的支援、医療スタッフの説明や対応は不安を軽減するのに役立ちます。お母さんの不安の内容に耳を傾け、具体的な情報を提供することは安心して育児に関われるきっかけなります。
低出生体重児の家族に対する入院中の支援=赤ちゃんとの触れ合うことが大切!!
低出生体重児を出産する可能性がある家族に対する支援はなるべく早い時期から始める必要があります。産科の助産師は個別に受け持ちを決めるとともに、NICU看護師や医師とも顔の見える関係を作っておくことが望ましいと思われます。
出産前訪問では、お母さんの気持ちを聴くとともに、早く生まれた赤ちゃんに起こりうる呼吸、循環、栄養などの合併症とNICUでの具体的な治療についての説明を行います。
出産直後、赤ちゃんの処置が終わったら赤ちゃんに対面し赤ちゃんに接触してもらう、産後にはお母さんが落ち着いたら、病室を訪問して赤ちゃんの状態の説明を行います。
医療者から母親への情報提供やできるだけ早期の面会や子どもとの接触によってお母さんは、わが子を実感し、子どもが一生懸命に生きている姿を見ることでお母さん自身も励まされます。
入院中の子どもとの距離を縮め,わが子を実感し,子どもへの理解を助けるために,母親とNICU看護師との交換ノート、写真やビデオ撮影、保育器外での抱っこや早期のコット移行など、赤ちゃんとの触れ合いをなるべくたくさん持てるような支援が望まれます。
出産前小児保健指導(プレネイタルビジット)とは?
プレネイタルビジットは平成3年に厚生省の「これからの母子保健に関する検討会」で出産前の小児保健指導事業の推進が提言されたことに始まります。出産前に産婦人科医から小児科医を紹介し、育児指導を行うシステムで育児不安を少しでも取り除くことを目的とした国の事業です。
翌年には実施主体を市町村単位としたモデル事業が開始され、平成6年にはガイドラインが作成されましたが、事業への理解不足などから広く普及に至りませんでした。
平成12年に制定された「健やか親子21」で、育児不安の解消と児童虐待の対策から必要性が再認識され、医師会単位のモデル事業となりましたが、その後発展しているとはいい難い状況です。
ハイリスク妊婦に対する出産前訪問
通常の出産前訪問のほかにハイリスク妊婦へ行われているプレネイタルビジットがあります。未熟児や先天異常を持った赤ちゃんの出生が予想されるお母さんは、健康な赤ちゃんを産むことができないかもしれないという喪失感とともに、赤ちゃんに対する申し訳ない気持ち、発育発達に対する不安を抱いています。
また、NICUでの長期の母子分離は、赤ちゃんへの愛着形成を困難にし、退院後の育児困難、虐待やネグレクトにつながる危険性をはらんでいます。
お母さんのこれらの思いを少しでも和らげ、前向きに赤ちゃんと向き合うことができるように支援するのがハイリスク妊婦への出産前訪問です。
切迫早産や多胎妊娠などで産科に入院せざるを得ないお母さんに対して、赤ちゃんについての正確な情報とともに、家族の混乱した気持ちを整理して、お母さんがおかれた現実を受け入れ、赤ちゃんを育てる力を引き出すのが目的です。
切迫早産で入院しているお母さんに対する出産前訪問では「小さく産まれる」ことによる問題点についてお話しし、それを助けるのがNICUでの治療であることを伝え、そして、リスクはあっても、より良い状態で赤ちゃんが生れるために、産科医、助産師、NICUのスタッフが一緒にいることを伝えることが必要です。
また、赤ちゃんが保育器の中に入っていても、触ったり、おむつを替えたり、声をかけたりできること、チューブ栄養が始まったらお口の中にミルクを入れてあげることができることなど、お母さんとしての役割がたくさんあることを説明することも大切です。
出産前訪問を受けた母親へのアンケート結果-お母さんの思い
広島市民病院で2009年6月からの2年半に切迫早産のために入院し、出生前訪問を受けたお母さん62人にアンケートを行い、41人(66%)から回答をいただいた結果です。
お母さんに出産前訪問をすすめたのは産科医が最も多く31人で、両親そろって出産前訪問を受けたのは23人(57%)で、お母さんのみが17人でしたが、うち11人は夫の同席を希望していました。両親そろって出産前訪問を受けることは、夫婦間で気持ちの共有ができ、お母さんの精神的な安定が得られると思われ、訪問時間など個別の調整が必要と考えられます。
出産前訪問で医師から聞きたかったことは、「赤ちゃんが助かるかどうかと将来の発育発達」と90%の母親が答えています。34人(83%)の母親が出産前訪問で適切な答えが得られたと答え、38人(93%)が出生後に予想される赤ちゃんの状態の理解が良くできた、できたと答えています。
出産前訪問を受けたことでの気持ちの変化を複数回答でたずねた結果では、具体的にイメージできたが24人と最も多く、安心できた、前向きになれた、自信が持てたなど、肯定的な答えが58人(71%)を占めましたが、逆に訪問前より心配になったとの回答も6人(24%)にみられました。
また、あらかじめ出産前訪問を受けていたことが赤ちゃんとの面会に役立ったと答えたのは32人(78%)で、自由記載された役に立った点としては、小さく生まれることへの覚悟ができ、赤ちゃんの状態をスムーズに受け入れられた、想像できていたので動揺しなかったなど、母親の受容に関する記載が多くみられました。
今回のアンケートで、臨床心理士との面談を70%の母親が希望しており、母親の心の問題を話すには、治療と直接関係しないスタッフの存在が必要な場合があり、希望に応じ臨床心理士の同席も必要と思われました。
NICUから支援を地域につなぐー保健センターや訪問看護ステーションとの連携―
小さく生まれた赤ちゃん、特に超低出生体重児では一般的な体重で生まれた赤ちゃんに比べ成長のペースはゆっくりでも発達については全く問題がない子どももたくさんいます。
一方、何らかの合併症のために在宅医療や育児支援を必要とする子ども、養育環境など家族的リスク(第64回コラム:特定妊婦を参照ください)を持っている子どもなど、育っていく環境は様々です。NICUでの支援は子育てへの早期介入の第一歩です。NICUでの情報を地域の保健師と共有し、NICU退院後もその子の成長に合わせた途切れない支援を続けていくことが求められます。
さいごに
入院中より退院後の方が実際に育児をする中で、日々感じる疑問や不安に対する支援が必要になることがあります。特に何らかの発育発達上の問題を抱えて退院した子どもを持つ御家族にとっては、退院後も,育児などについて相談できるシステムが地域に必要です。
退院した赤ちゃんとの関係性を築いていく上では決して無理強いはせず、お母さんの気持ちを尊重しながらゆっくりと赤ちゃんに向き合ってもらうことが大切です。
ではまた。Byばぁばみちこ