【連載ばぁばみちこコラム】第八十二回 幼児健康診査-聴覚の異常- 広島市民病院 総合周産期母子医療センター 元センター長 林谷 道子

 子どもは物が聞こえることで言葉が発達します。難聴のあるお子さんは話す人の表情や身振りを見て行動し、ある程度聞こえる場合には、言葉もそれなりに話すことができ、難聴に気づかないことがあります。難聴に気づかず聞こえにくい状態が続くと、言葉が理解できず、年齢に応じた言葉の発達が遅れます。

 

耳の構造と耳が聞こえる仕組み

 耳は外耳、中耳、内耳に分けられています。 音は外耳を通って内耳まで伝わった後、蝸牛神経(聴神経)から脳幹を通って、最終的に側頭葉にある一次聴覚野に音の情報が送られます。この経路を聴覚伝導路と呼んでいます。

 外耳は耳介と外耳道でできており、音を集め、鼓膜で音の振動を受け止めます。

 中耳は耳小骨、鼓室(中耳腔)、耳管から成り立っています。

 耳小骨はツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨という三つの骨からできており、関節でつながっています。
 耳小骨は、鼓膜での音の振動を増幅させて、内耳にある蝸牛へ伝えます。また、大きな音が入ってきた場合には振動を抑制する機能もあります。
 内耳には、聴覚に関わる蝸牛と、平衡感覚に関わる前庭および三半規管があります。これらは互いに交通していて、リンパ液で満たされています
 蝸牛に振動が伝わると、蝸牛の中に浮かんでいる有毛細胞が振動を電気信号に変え、蝸牛神経を通って、大半は同側の蝸牛神経核→対側の脳幹を経て一次聴覚野へ伝わりますが、同側を伝わる経路もあります。我々は左右の神経が信号を交換しながら様々な聴覚情報の処理を行っています。

 

生直後の赤ちゃんの聴覚とその後の発達

 胎児の耳介は妊娠3か月までに出来上がり、妊娠7週目頃に中耳に3つの耳小骨が作られ、妊娠7か月で内耳の構造は成人とほぼ同じ程度に出来上がります。 赤ちゃんは産まれた直後には聞こえる準備は十分にできています第52回コラム 感覚の発達とママとのコミュニケーションをご参照下さい)。
 その一方、脳につながる聴神経路の発達はゆっくりで、胎内では妊娠7か月に脳の皮質に聴覚を司る聴覚野という部位が定まりますが、音が伝わる速さに必要な聴神経の髄鞘化は不十分で、生後4ヵ月では末梢の蝸牛神経のみの髄鞘化で、大脳中枢までの髄鞘化は1歳頃に完成し、速い速度で音が脳の聴覚野に伝わるようになります。

 

先天性難聴と後天性難聴

先天性難聴

 生まれつき難聴を認める状態を先天性難聴といい、新生児の1000人に1人の割合で両耳の難聴があるといわれています。片耳の難聴については明確には分かっていませんが、さらに多いと考えられます。

 先天性難聴の多くは内耳に障害が起きる感音性難聴で、改善が難しいとされています。原因として遺伝や母親の妊娠中の感染症、耳の形成不全などが挙げられます

 

①遺伝性

 先天性難聴の半数以上は遺伝性であると言われていますが、家族に難聴の人がいるとは限らず、遺伝子の偶然の組み合わせによって難聴となるケースも多くみられます。

 

②妊娠中の感染症や新生児仮死などの周産期のトラブル

 母親の妊娠中の感染症によって子どもが先天性の難聴となる場合があります。
 難聴を引き起こす感染症には風疹トキソプラズマサイトメガロウイルスなどがあります(第17回18回20回コラム 新生児期に問題となる母子感染症を参照ください)

 

後天性難聴

①流行性耳下腺炎

 流行性耳下腺炎に感染し、難聴となるケースは千人から数百人に1人と決して少なくありません。有効な治療法はなくワクチン接種による感染予防が唯一の方法です。

 

②滲出性中耳炎

 中耳に液体が溜まる滲出性中耳炎では軽度の難聴が数年間続くことがあります。

 

予防接種で防げる難聴=流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)

 

 おたふくかぜの原因であるムンプスウイルスは感染力が強く接触や飛沫で感染します。3~6歳の子どもでの感染が全体のおよそ60%を占めています。
 潜伏期間は2~3週間、平均18日とされており、耳下腺の腫れが起こる1~2日前から、症状がでた5日後くらいの間が最もウイルスの排出量が多い期間です。

主な症状

①耳下腺の腫れ

 両側または片側の耳の下あたりに痛みをともなう腫れがみられ、2~3日以内にピークとなり、通常1週間から10日程度で治まります。片側だけのこともあります。

②発熱

 発熱は38度前後で、3~4日程度がほとんどで熱がでない場合もあります。

合併症

①無菌性髄膜炎

②膵炎

③脳炎

④ムンプス難聴

 内耳にウイルスが感染することで起こります。ムンプス難聴は腫れがでる4日前から、腫れがでて18日以内に発症する感音難聴で、治療して治すことが非常に難しいことが特徴です。まれに両側で発症することがありますが、ほとんどの場合が片側だけに発症します。

 難聴の程度は高度難聴から全く聞こえない聾(ろう)の状態までの重度の場合が大多数です。
 低年齢の子どもでは難聴に気づかれにくく見過ごされることもあり注意が必要です。

⑤大人や思春期以降の子どもは、男性では精巣炎、女性では卵巣炎を合併することがあります


予防=ワクチン接種が唯一の方法

 予防効果を確実にするために2回の接種が推奨されており、1回接種で約7割以上、2回接種では約9割前後の発症を防ぐことができます。

 おたふくかぜの予防接種は任意接種のため自己負担となります。1回目は1歳を過ぎたらなるべく早く、2回目は小学入学前の1年間の間に行います。大人は、接種時期はありませんが、1回目の接種後、28日以上あけて2回目の接種を行います。

 

治療で治せる難聴=滲出性中耳炎

 風邪や急性中耳炎による中耳粘膜の炎症や耳管の障害によって起こります。幼少児ではアデノイド(咽頭扁桃)が大きいために起こることもあります。また、アレルギー性鼻炎など鼻の病気で耳管の働きが悪くなり滲出性中耳炎をおこすこともあります。

 耳管は中耳と鼻の奥をつなぐ管で、普段は閉鎖しており、唾液を飲み込んだ時などに開いて空気が出入りし中耳の気圧を調節します。また中耳にたまった液を排出する働きがあります。

 大人に比べて子どもでは耳管の角度が水平に近く耳管の長さも大人に比べて太く短いため、ウイルスや菌が侵入しやすく、滲出性中耳炎になりやすい構造となっています。
 子どもの場合、滲出性中耳炎に気づかれずに見過ごされ、難聴から言葉の遅れを来すことがありますので慎重な対応が必要です。

 

診断

 耳鼻科で耳鏡を使って中耳に液体がたまっていないか、鼓膜の動きに問題はないかの検査を行います。

 

治療

 3カ月以内は自然治癒が期待されますので慎重に経過観察し。治癒しない場合にはカルボシスティンのというお薬を飲んだり、鼓膜換気チューブ留置などの手術治療を行います。また、副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎の合併ではその治療も行います。その他、鼓膜切開、時間通気、アデノイド切除術も行うこともあります。

 

難聴の種類と音の聞こえ方

①感音難聴

 音が振動として伝わること自体には問題はありませんが、音や言葉を聞き取ったりすることが難しい難聴です。内耳に原因がある内耳性難聴と聴神経や脳に原因がある後迷路性難聴に分けられます。多くの先天性難聴や加齢性難聴は内耳性難聴です。

 

②伝音難聴

 音が伝わりにくい難聴で、内耳や聴神経に問題はないため、音を大きくして伝われば言葉を聞きとることができます。先天的な外耳道や耳小骨の奇形、滲出性中耳炎などによる難聴です。


③混合性難聴

 伝音難聴と感音難聴の両方が合わさった難聴です。

感音性難聴の音の聞こえ方
  1. 音の信号が正常に脳に伝わらないので、全体的にこもって音が小さく聞こえます。
  2. 内耳の有毛細胞が損傷され、詳しい音が正確に脳に伝わらないので、不明瞭で音にひずみが生じます。また、高周波数の音を感じる有毛細胞がより影響を受けやすいため、高音域の音が聞こえにくくなります。
  3. 音の分解能が低下するため、複数の音から特定の音を聞き分けられなくなります
伝音性難聴の音の聞こえ方

 伝音難聴では内耳は正常なためきこえの幅はあまり狭くならないので、音さえ大きくすれば歪まずに聞き取れます

 

難聴の程度(聴力レベル)はどのように決まるのか?

 聴力レベルとは、その人に聞こえる一番小さい音の大きさのことで、正常聴力の人が聞くことができる最小の音を0dBと表し、dB が高いほど大きな音しか聞こえないことになります。

音の三要素=①高さ②大きさ③音色

 音の高さは『振動数』=音の波が1秒間に振動する回数で決まります。振動数が多いほど高く、振動数が少ないほど低くなります。単位は周波数『Hz(ヘルツ)』です
 人間が耳で聴くことのできる周波数(可聴域)は、およそ20~20,000Hzですが、年齢とると特に高音域は聞こえづらくなります。
 音の大きさは、振動する波の振幅の大きさに関係します。振幅が大きいほど音は大きくなり、小さいほど音も小さくなります。

 音の大きさは音圧で表し、音圧が基準値と比べてどのくらい大きいかを表すdB(デシベル)という単位を用います。

難聴の程度

 難聴の程度は500Hz,1000kHz,2000Hzの音を聞いた時の平均の聴力で示されています。音を少しずつ大きくし、音圧をあげていった時に、聞こえる音圧をその人の聴力レベルと判断し、難聴の程度を判断します。
 日本聴覚医学会では難聴の程度を以下の4つに分類しています。

  • 軽度難聴(25dB以上40dB未満) ささやき声や騒がしい環境での会話が聞き取りにくい
  • 中等度難聴(40dB以上70dB未満) 普通の声での会話が聞き取りにくい
  • 高度難聴(70dB以上90dB未満) 補聴器がないと会話が困難
  • 重度難聴(90dB以上) 補聴器をつけても聞き取りには限界

 

幼児期の子どもの聴力検査

 

 大人では、様々な高さや大きさの音を聞かせ、「聞こえたらスイッチを押す自覚的聴力検査が行われますが、自分で反応ができない新生児や乳幼児では音を聞かせた時に生じる脳波を利用した他覚的聴力検査が行われます。

聴性脳幹反応(ABR)

 聴性脳幹反応は、音を聞くと聴覚伝導路に由来したおおむね5つの波形のピークが現れます。
 波形が現れなかったり、ピークの現われる時間が遅れたりがあれば、聴覚伝導路のどの部位に異常があるかが判定でき、新生児でも検査可能です。この検査は2000Hz~4000Hzの間では信頼を得られますが、低音域では信頼性に欠けます

聴性定常反応検査(ASSR:Auditory Steady-State Response)

 聴性定常反応検査は、音刺激に反応した脳からの電位を特殊な方法で記録する、近年注目を浴びている検査法で、新生児でも検査可能です。低音域~高音域までの広い範囲の周波数による検査が可能で、おおよその聴力像を推定することができます。

耳音響放射検査(OAE)

 内耳有毛細胞で発生する音の電気信号を評価する検査です。耳音響放射の出力レベルが減少、または検出できない場合は、内耳有毛細胞に障害がある可能性があります。新生児でも検査可能です。音を聞かせて反射を見るため耳垢や中耳炎があると正確に検査できないことがあります。

聴性行動反応聴力検査(BOA)

 色々な種類の様々な大きさの音を スピーカーを通して聞かせ、びっくりする、振り向くなどの反応があるかを調べる検査。生後3ヶ月以降の乳幼児で行われます。

条件詮索反応聴力検査(COR)

音を出すと同時に物に光をあてるなどの条件付けを強化し、その後に、音だけを出して向くかどうかで聴力を検査するもので、生後6ヶ月以降の乳幼児で行われます。

遊戯聴力検査

音を使った遊びで聴力を測定する方法で、一般に3歳以上の幼児で行われます。

 

 

子どもの難聴の治療

 伝音難聴では根本的な治療が可能です。外耳道閉鎖症では外耳道をつくる手術、中耳の耳小奇形では手術で難聴を改善できます。また、滲出性中耳炎などでは、投薬や鼓膜に換気チューブを入れることで聞こえは改善できます。
 感音性難聴で内耳や神経に原因がある場合には根治治療は困難です

 軽度から中等度の感音性難聴では補聴器を使用することで聴力を補うことが可能です。補聴器は、音声をデジタル処理し聴力や周囲の環境に合わせて音声を調整することができます。耳穴式や耳掛け式、骨伝導式などさまざまなタイプがあり、子どもの発達状況などに合わせて適切な補聴器を選ぶことが大切です。

 重度の感音性難聴では人工内耳手術が行われることがあります。人工内耳は、耳の奥に埋め込み、直接神経を刺激して脳へ電気信号を送る機器で、鼓膜や中耳の機能をバイパスして内耳に直接信号を送ります。

 

子どもの難聴は早期発見が大切=家庭でできること

 家庭の毎日の生活の中で、それぞれの月齢に応じた赤ちゃんの反応に注意してみましょう。

 

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 生まれつき両耳に難聴がある赤ちゃんは、およそ1000人に1人の割合で見つかります。その頻度は他の先天性の病気に比べ高いと言えます。わが国では1998年度から厚生科学研究で自動聴性脳幹反応による新生児聴覚スクリーニングが開始され、現在では多くの産院で入院中に聴覚スクリーニングが行われ、難聴が発見される赤ちゃんも増えています(第52回コラム 感覚の発達とママとのコミュニケーションをご参照下さい) 。

 子どもがことばを十分に覚え、スムーズにコミュニケーションできるようになるためには、難聴を早期に見つけることが非常に大切で、それによって補聴器装用など難聴に対する適切なアプローチを早く始めることができるようになります。

 

さいごに

 生まれた直後に行う新生児聴覚スクリーニング検査がpassしていても、新生児期以降に病気によって後から難聴が生じることもありますので、家庭で耳のきこえと言葉の発達に注意することはとても大切です。
 乳幼児健診で子どもの聞こえについて指摘を受けた場合や、言葉が遅いなど気になることがある場合には耳鼻咽喉科専門医を受診してくださいね。

ではまた。 Byばぁばみちこ