デイサービスで感じたこと
私は三十年前、療育センターの二葉園で臨時職員として働き始めました。そこで出会った子ども達とお母さん達、そして職員達の一生懸命な姿とイキイキと輝いている様子に日々心を動かされ人が生きる上でのたくさんの大切なことを教えてもらった九年間でした。障害を抱えながらも一生懸命に頑張る子ども達とお母さん達。こんな力をつけてあげたい、自分でできることを増やしてあげたい、そして大人になる頃には社会の中で少しでも仕事ができるようになってくれたら嬉しいと願っていました。
その後、主人の転勤で十三年間全国を転々としている間、卒園児さんから「元気で学校に通っています」との便りを嬉しく拝見しておりました。再び広島に戻ってきた頃には私の知っている卒園児さん達は殆ど高等部を卒業されていました。
「作業所で働いています」とのことを耳にすると、働けるようになられて本当に良かったと、とてもうれしく感じました。又、「うちはデイサービスに通っています」と聞けば、まだまだ障害を持った人達の働く場が少ないのだと感じ、心が痛みました。重い障害を持っていても働く喜びを感じてほしい、社会とつながって輝いていてほしい。デイサービスだとどうしても受け身になるのではないか?そんな思いを持っていたからです。
今年の一月、二葉園時代の同僚から「デイサービスで短期だけ働いてくれないか」と依頼を受け、成人された元卒園児さんと再び共に過ごせるチャンスと期待に胸を膨らませ承諾しました。すると嬉しいことに二十数年ぶりに出会った卒園児の皆さんは当時と変わらない輝く笑顔で迎えてくれたのです。
それから二カ月の間共に過ごさせて頂きましたが、二葉園時代とはまた違った発見や喜びがあることに気付かされました。利用者さん達は年齢を重ねるにつれ側彎が進んだり、食べることや呼吸が難しくなっていたり、と体の不自由さが増してきている方もおられ心が痛みました。でも大変な障害を抱えながら精一杯生きてこられた尊い重みが、その姿と表情は幼児さんだった頃よりさらに豊かで、仕事は出来なくても周りの人に与えてくれる、言葉でうまく言い表せない、何かとても大きい温もりのようなものがあるのだ、というのを肌で感じ幸せな毎日でした。そんな利用者さん達が朝は嬉しそうな表情で登所され、そして満足した表情で帰って行かれる様子を見て、仲間がいる集団の場の大切さを痛感し、デイサービスに来させてもらって本当に良かったと感じました。